ウェディング・バンケット
ウェディング・バンケットは、ゲイの青年の偽装結婚を巡るお話。ブロークバック・マウンテンのアン・リー監督が脚本も手がけ,監督二作目にして、しみじみとした感動で世界中の称賛を集めた珠玉の作品。
主人公のウェイトンはアメリカ在住の台湾の青年実業家。ゲイであることを祖国に住む両親には打ち明けることができず,両親はことあるごとに、お見合いをセッティングしてくる。心臓が悪い父のことを気遣うウェイトンに,恋人のサイモンは,親を安心させるための偽造結婚を提案する。相手は不法移民で,グリーンカードが必要な 画家志望の女性ウェイウェイ。入籍の報告だけで済ます予定が,喜んだ両親は式に出席するために渡米。ウェイトンたちは、盛大な披露宴を挙げる羽目になり・・・ 登場人物がみんな,この結婚についてそれぞれの思いを抱いている。偽造とは夢にも思わず,花嫁のウェイウェイを気に入って無邪気に喜ぶ両親。両親の期待や夢を壊さずに,現状を何とか乗り越えたいと思っているウェイトン。本当は,ウェイトンにカミングアウトしてほしいという思いもあるけれど彼や彼の両親のことも思いやる優しいサイモン。そして,グリーンカード目的の偽造結婚に同意しつつ,心の中ではウェイトンに惹かれているウェイウェイ。
恋人のサイモンがいい。
彼はウェイトンとの関係では,女役なのだろうか,とても繊細で料理などの家事も彼の担当のようだ。彼はウェイトンの両親には,息子の大家として紹介され,披露宴では花婿の付き添いをつとめるが,料理のできないウェイウェイの代わりに,陰で料理をしたり,ウェイトンの両親にプレゼントをしたりと,何かと細やかな気遣いを見せる。自分が計画の発案者であるという責任感もあったのかもしれないが,「実は本当のパートナーは僕」と言う思いも感じられていじらしい。 何とか無事に終わりそうだった披露宴も,友人たちに泥酔させられたウェイトンが,初夜の床で,ついウェイウェイと関係を持ってしまい,彼女が妊娠したことから,事態はやっかいなことになってゆく。
さすがにキレて ウェイトンを激しくなじるサイモン。英語のわからない両親の前で,彼らはウェイウェイも交えた派手な口論を繰り広げ,互いを責め合い,それぞれが傷つく。結局母親には,自分がゲイであることを打ち明ける羽目になったウェイトン。せめて心臓の悪い父親だけには秘密にと思っていたのに,英語が多少わかる父親は なんと既に事情を察していた。
真実を知った時の,父と母の反応がそれぞれ違っていて面白い。息子がゲイであることにショックを隠しきれず「一時的なものでしょ?」と嘆く母。それに答えるウェイトンの台詞は,重い響きを持って心に迫ってくる。
「違う,生れつきなんだ。これまで秘密にしてきたから,母さんたちと,喜びや悲しみを分かち合いたくても できなかった。」「僕らゲイにとっては、心を通わせ合う相手と出会うのはとても難しいんだ。サイモンは僕の宝だ。だから彼を責めないで。」
一方,父の反応は思いもかけないものだった。彼はサイモンに,「息子をよろしく」といって,彼をパートナーとして認めたあかし(台湾では金封らしい)をプレゼントする。「知ってたんですか?認めてくれるんですか?僕たちのこと」と驚くサイモンに,同性愛にたいするコメントは一切口にせず,「君も私の息子だ」と言う父は,「知らぬ顔をしていれば,そのうち孫の顔も見れる」と穏やかに微笑む。
結局,ウェイウェイも子どもを中絶することを思いとどまり,ウェイトンたちはサイモンに「君も父親になってくれるかい」と提案する。長い滞在を終えた両親がいよいよ帰国する日,見送りのゲートで,父はサイモンに「息子よ,ありがとう」という台詞を口にする。 ゲイとして,愛する相手と生きてゆきたいと願う ウェイトンとサイモン。跡取りとしての孫の誕生を待ちわびる両親。生まれてくる子供のために,あたたかい家庭が欲しいウェイウェイ。
彼らのそれぞれの願いは,どれもパーフェクトには叶えられないけれど,五人とも,どうしても譲れない点だけは守ることができている。誰か一人だけが 我慢させられるのではなくて皆が少しずつ妥協して折り合いをつけ,痛みを分かち合っているのだ。
考えてみれば人生なんて、自分一人で生きているわけじゃなく,しょっちゅう他人の思惑と,折り合いをつけてやっていくものだ。しかし、こんなに深刻で難しい問題でも,うまく折り合いをつけることができた彼らの間には,やはり揺るぎない愛情の存在を感じる。だからこそラストシーンで,両親がともに「幸せだ」と言い合った台詞に,ほろりとさせられる。そしてリー監督が人間を見つめる時の,シビアだけど,あたたかいまなざしをも,また感じることができるのだ。 彼らの家族は,今後もいろんな問題や波風に見舞われるだろうけれど,それでも,こんな風に互いの譲れない大切な部分を思いやり,上手に折り合いをつけながら,切り抜けていけるのならそれは,なんと素晴らしいことだろう。
ほろ苦いけれど,しみじみと優しいこの物語を見終えたとき私は,同じリー監督のブロークバック・マウンテンのことを考えていた。同じようなテーマも含んでいる あの物語。しかし,ブロークバック~の方は,誰もが互いに,全く折り合いをつけることができなかった 哀しい物語だった。
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ななさま、こんにちは。コメント&TBをありがとうございました。
この映画はベルリンで金熊賞を受賞しただけあって、素晴らしい作品だと思います。
アン・リーの初期三部作はどれも傑作なのですが、「父親三部作」と呼ばれることもある通り、父を演じたラン・シャンさん抜きには語れないですね。
BBMも監督は「父のために作りました」とおっしゃっておられました。
監督にとって「父」とは、とても大きな、大切な存在なのですね。
次回作も期待で胸がいっぱいです!
ではでは、また来ますね~。
投稿: 真紅 | 2007年12月 8日 (土) 16時01分
真紅さま こんばんは
父親3部作,私はこれしか観てません。何とかの食卓というのも流し観した記憶はありますが・・・。父親役のラン・シャンさんが,この「ウェディング~」より切ない役だったような・・・。彼はほんとうにいぶし銀のような味わいのある俳優さんですねぇ。
リー監督の人生や人間を観察する目の鋭さと優しさ,表現の細やかさは,本当に見事ですね。
次回作,トニーが出ますね!!!私,トニー・レオン,大・大・大好きなんです。リー監督がトニーをどんなふうに撮ってくれたか,今からとっても楽しみです。
投稿: なな | 2007年12月 8日 (土) 19時21分
ななさん コメントをいただきありがとうございました。
主要な登場人物は5人ですが、それぞれの個性と思いがよく描き分けられていました。世代のギャップ、価値観のギャップという大きな障害をそれぞれに乗り越えてゆくプロセスに共感せざるを得ません。
「人生なんて、自分一人で生きているわけじゃなく,しょっちゅう他人の思惑と,折り合いをつけてやっていくものだ。」というご指摘がとても印象的でした。やはり同じ東洋人だからでしょうか、家族の輪というテーマが心に響いてきます。
投稿: ゴブリン | 2007年12月 8日 (土) 21時12分
ゴブリンさん,そちらからTBしていただき恐縮です。
おお,主要登場人物,確かに5人ですねー。(汗)
私は4人って書いてましたね。ああ,両親を1人としてカウントしていました。(←馬鹿)
父と母は考え方が違うのにね~。
記事の方を後で直しときます。ご指摘,ありがとうございました!
>世代のギャップ、価値観のギャップという大きな障害をそれぞれに乗り越えてゆくプロセスに共感せざるを得ません。
そうですね。相手の価値観を尊重しながら,自分らしさも見失わないで,みんなが同じくらい譲り合っていける関係・・・,これって実現はかなり難しいのに,それができたウェイトンの家族。やはり要はあのお父さんの懐の広さかな。サイモンの優しさ,ウェイウェイの芯の強さも心に残りました。
ところでゴブリンさんのブログをリンクさせていただきました。
もし不都合があったら仰ってくださいね。TB,きっとこれからも不調かもしれませんが,よろしくです。
投稿: なな | 2007年12月 8日 (土) 21時50分
ななさん 今晩は。
またお邪魔してしまいましたが、TBが無事表示されましたのでお知らせしようと思ったのです。時々ブログによっては僕のほうで一度許可を出さないと表示されない場合があるのです。コメントを書く前に確認しておくべきでした。申し訳ありません。お騒がせいたしました。
さっそくコメントレスをいただきありがとうございます。またリンクしていただきまして、重ねてお礼を申し上げます。こちらからもリンクさせていただきます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: ゴブリン | 2007年12月 8日 (土) 22時25分
ゴブリンさん TB着きましたか,よかったです。
リンク,ありがとうございました。
以前からゴブリンさんの記事にはお邪魔したいと思っていたのですが
あまりに高水準な内容に,こちらの稚拙な記事などお送りしては・・・と逡巡しておりました。
これからはちょくちょく寄らせていただきますね。
投稿: なな | 2007年12月 8日 (土) 23時02分
そうそう。これいいですよね。アン・リーってほんとに初期からいい映画撮ってます。そうなの、ワタシも相方のサイモンがいいなぁと思ってます。凄く優しいのね。繊細でなんでも手ぎわよくやって、ウェイトンをとても愛してるんだけど押しつけがましくもなく、そのまま女性になっても、かわいい女って感じで生きていきそうなタイプ。自己主張の激しいウェイウェイと真逆なタイプですわね。そして、いつものお父さん役のラン・シャン氏。台湾時代のアン・リー作品はこの人抜きには語れませんね。ワタシも近々「飲食男女」UPしようと思ってま~す。
投稿: kiki | 2007年12月10日 (月) 06時52分
KiKiさん ほんとアン・リー監督はすごいですわ。
このサイモン(ルックスも好き\(^O^)/)確かに可愛い女性の心を持ってますね。
お友だちになりたいタイプだわ。
彼だから、父親二人母一人という家庭も築いていけそう。
まあ、多少の波風はたつんじやないかと心配もありますけどね。
ウェイウェイがひっかき回しそう・・・。
飲食男女、記事は書いてないけど、鑑賞しているのでまたコメントに伺いますね。
楽しみ~^^
投稿: なな | 2007年12月10日 (月) 08時49分