絶対の愛
何とも不思議な物語だった。
後味がよいのか,悪いのか判断がつかない。主人公であるヒロイン,セヒに感情移入するのはかなり難しい。そもそも私はこんな風な発想で 愛をとらえたことがない。
だけど。キム・ギドクワールド特有の 抗いがたい魅力のせいか,やはり最後まで 目が離せなかった。・・・いつもながら,なんという想像力!どうしてこういう発想ができるのだろう,この監督は。これが小説であったとしても きっと時間を忘れて読みふけるに違いない。たとえ,それがどんなに荒唐無稽なストーリーに思えても。 セヒは恋人のジウを心の底から愛しているが,ジウの愛が,時と共に薄れていってしまうのではないかと恐れていた。ジウは決してセヒへの愛が薄れたのではなく,ただ,最初の頃のときめきや,新鮮さが失われただけのことなのに,セヒはまるで,被害妄想のように嫉妬に捕らわれる。もう一度,彼の愛を取り戻したいと思った彼女が 選んだ方法は,整形で顔を変え,別人となって彼の前に現れ,愛を最初からスタートさせること。・・・もう,ここらからすでに私は,セヒの発想(というか,監督の発想)についてゆけなかった。 そんなんで愛をリセットしなければいけないなら,倦怠期の度に整形しなくちゃいけないじゃないか!おまけに,顔を変えるだけでなく,全くの別人としての出逢いをセッティングだなんて,うわ~~,絶対に思いつかない,そんな解決策。
付き合って2年なんて,確かに互いに会話も緊張感もなくなるけどさ,まるで一心同体のような,気負いのない心地よさが生まれて,なかなかいいもんだと思うのになぁ・・・。そりゃ,時には他の綺麗な子に,よそ見することはあっても,ジウはセヒのことを ほんとに誠実に愛してくれていたのに。整形前のセヒの顔も「可愛い」と気に入っていたのに。 ジウの前から姿を消し,6ヶ月後に別人スェヒとして彼の前に現れるセヒ。ジウはスェヒに惹かれ,彼らは恋人同士になる。再び,愛する男性と,新鮮な愛情を交わすことに満足を覚えるセヒだが,ジウが実は,今でも姿を消したセヒのことを愛していると知り,愕然とする。・・・そりゃ,そうだろう。顔を変え,アイデンティティーも変えて,新しい愛をスタートさせたかった程に愛した相手が,今の新しい自分より元の自分を愛していると知ったなら。 セヒは喫茶店で,元の自分の顔のお面をかぶってジウに会う。(ここ,かなりブラック・ユーモアが効いてて笑える。この監督らしい) 真実を知って,傷つき,激怒するジウ(そりゃ,そうだよな)ここで私は,ジウの立場になって しばし想像してみた。
目の前の女性は,かつての恋人で,今も自分は彼女を愛している。顔は整形して前と別人だが,こちらもなかなか自分の好みである。変わったのは顔だけで,性格や声や体は元のまま。もちろん心も。
がジウなら,セヒを許して,新しい顔のセヒとやり直すと思う。本人に違いがないのなら,顔なんて変わったって,愛は変わらないのでは?顔だけで決まる愛なんて,愛とは言えないのでは? ・・・と思うのだけど,ジウが激怒した気持ちもわかる。自分の愛情を疑われたことは,かなりショックだったろうから。それに,こういう発想をするセヒを怖いとも思うだろう。で,ジウがお返しにとった行動とは・・・・。
これも予想外だった。なんと自分も整形し,新しい顔をセヒに知らせないのである。ジウが整形したことだけを 知らされたセヒは,近づいてくる男性は 皆ジウではないかと思い詰める。このあたりから正常心を失ってゆくセヒが哀れだ。
ラスト,負のスパイラルに捕らわれて,結局再び整形手術を受けるセヒ。彼女は再びジウの愛を取り戻すことができるのか?わからない。釈然としない。まあ,この監督の作品はそこがいいのだけど。
人が人を愛する時,
愛の決め手になるのは何だろう。
もしも愛する相手の顔が,ある日全く別のものに変わったとしても,愛は はたして消えずに続くのだろうか。その人の外見に惹かれたのではなく,魂そのものを愛していれば,顔が変わっても愛は,変わることはないのだろうか。
そんな風に,これまで考えてもみなかったことを考えさせられて,喉の奥に小骨が刺さったような,すっきりしない後味の残る物語だった。何の答えも提示していないから,観賞後には悶々とするけれど,こういう切り口で愛をとらえることのできるギドク監督の物語は,やはりとても,新鮮だ。そのアクのあるところが。
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» mini review 07035「絶対の愛」★★★★★★★★☆☆ [サーカスな日々]
カテゴリ
: ラブ・ストーリー
製作年
: 2006年
製作国
: 韓国=日本
時間
: 98分
公開日
: 2007-03-10〜
監督
: キム・ギドク
出演
: ソン・ヒョナ ハ・ジョンウ パク・チヨン ソ・ヨンファ
交際を始めて2年になる男性ジウを深く愛しながらも、彼に飽きられてしまうのではないかと不安に思っているセヒ。彼女は顔を整形する事を決意、突如ジウの前から姿を消す。セヒを忘れられず苦悩していたジウは、何人かの女性と肉体関係... 続き
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究極の愛とは????
7月1日、京都みなみ会館にて鑑賞。昨年、キム・キドクの映画「弓」を鑑賞して、彼の作品に魅了され・・・・・。新作「絶対の愛」はぜひ鑑賞したいと思っていた。あまりにも恋人を愛するがゆえ、心が離れはしないか?という不安から、とった行為は何と“整形”である。ありえないようなストーリーに、キム・キドク監督の独創性を感じる。現実的な世界の中に不思議の世界を見る。そういう意味では「弓」も同じだと思った。
お話たがいを深くする若い恋人たち、セヒとジウ、付き合いはじめて二年になる。待ち合わせ... [続きを読む]
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TIME
恋人同士のセヒ(パク・チヨン)とジウ(ハ・ジョンウ)は、付き合って2年。
セヒはジウが自分に飽き、彼の心が他の女に奪われるという恐怖心に慄き、嫉妬に
苛まれ... [続きを読む]
TBありがとう。
整形までいかずとも、女性の「化粧」というものにも、もしかしたらこういう「変身願望」の一端があるのかも・・・・。
投稿: kimion20002000 | 2007年12月 7日 (金) 22時41分
kimionさん そうですね。
倦怠期を乗り越えたかったら,整形なんて冒険はせずに
とりあえずは髪型を変えたり,化粧を変えたりしますね,私なら。
でも,元が同じだと,やはり化粧には限界がありますよ~~。
投稿: なな | 2007年12月 7日 (金) 22時47分
こんばんは、ななさん。
お久しぶりです。
この物語は、分かってもらえることが少なかったなあ、なんて思います。
この物語が言わんとしていることではなくて、この荒唐無稽さばかりが目に付いて、それを挙げ連ねる人がとても多かったんですよね。
本当は、セヒは、心が病んでいたと思います。
でも、愛そのものも、平常心でするものではないんですよね。
やはりおかしい世界と言われてしまえばそれまでのような気もします。
愛って、絶対性を求めてはいけないところなのに、そこに絶対性が欲しいのは誰しもあるのではないか、と思ったりもしました。
投稿: とらねこ | 2007年12月 8日 (土) 01時10分
とらねこさん こんばんは
うーん,確かにわかりにくかったですねー。
この監督さんの感性自体が,凡人と違う気がします。
でも,それゆえに輝きを放つのでしょうけどね,この方の作品は。
セヒは心を病んでいたのですか,確かに,顔は変えても,追いつめられた時の彼女の反応は同じような狂気じみたものがありました。
愛は絶対的なものではなく,移り変わる宿命を持ったものなのでしょうか。
人間の間の愛は確かにそうかもしれません。
だからこそ愛の尊さが際だつのかもしれませんね。
投稿: なな | 2007年12月 8日 (土) 01時34分
ななさん、こんにちは~。
この映画は、なんか・・ほんと申し訳ないんだけれど、笑っちゃう部分が幾つかあって、それと展開も、ええっ??って感じで・・。
>もしも愛する相手の顔が,ある日全く別のものに変わったとしても,愛は はたして消えずに続くのだろうか。
その人の外見に惹かれたのではなく,魂そのものを愛していれば,顔が変わっても愛は,変わることはないのだろうか。
その通りですね。そりゃ~外見も多少は関係あるかもしれないけれど、どうしても拒否感が出ちゃう外見に変化しない限りは、大丈夫なんではないかな・・・^^
だいたい顔は変わっても体とか声とかは同じなんだから、バレないのかなぁ?って思いましたが・・・(^^;
投稿: latifa | 2007年12月 8日 (土) 09時03分
latifaさん おはようございまーす。
笑っちゃう部分,セヒのマスク姿とお面姿でしょ?
お面姿は,私も声を出して笑っちゃった。
とても痛々しい場面なのに・・・。なんでそこであえて笑いを取りたいのかなぁ,この監督さんは??と,違和感ありました。
監督流のブラックユーモアかも知れませんね。
>どうしても拒否感が出ちゃう外見に変化しない限りは、大丈夫なんではないかな・・・^^
私もそう思うんですけど。その人の個性は顔を変えてもにじみ出てくるものでしょ。かえって,顔は同じでも,人格が激変したりした場合(←悪い方に変わった場合ね)の方が,愛が冷めちゃう気がします。
>だいたい顔は変わっても体とか声とかは同じなんだから、バレないのかなぁ?って思いましたが・・・(^^;
・・・露骨な話,ベッドインしたら,すぐわかる気がする。癖とか,あるでしょ?(←露骨でスイマセン)
投稿: なな | 2007年12月 8日 (土) 10時58分
こんにちは。
むーん、確かに意外性ばかりイメージが先行する監督なのかな。私もそういうものを期待しちゃうし;
でもすごくロマンティックな部分を持ってる人だと思ってるんですよ。ただ直接的にそういうものを出さない感じですが。
どっちかというともう少しリアルな部分がない方が受け入れやすいのかもしれませんよね。彼の寓話みたいな作品だと結構好きかもです。
私は全部見てるわけじゃないんですが、そういえばラブストーリー以外の作品ってありましたっけ??
投稿: シャーロット | 2007年12月 8日 (土) 16時54分
シャーロットさん
私も,この監督さんのこと,語れるほどたくさん観てるわけじゃないなぁ。
「悪い女」「悪い男」「コースト・ガード」「春夏秋冬そして春」を観ました。「サマリア」や「うつせみ」「弓」などは未見です。
「春夏秋冬~」が一番好きかな。ラブストーリーでもないし,寓話的,幻想的でしたね。
発想(設定とかストーリー)が凡人離れしているのと奇抜な映像とが強烈な印象を残しますが,人間の業みたいなものをいつもえぐるように描いている気がして・・・。心の奥深くガツンとやられることが多いです。ショックが大きすぎて再見したくないものもありますねぇ。
確かに天才ですよ。この方。本当に引退するのかしら?
投稿: なな | 2007年12月 8日 (土) 19時35分
ななさん、こんばんは♪
私も語れるほどはギドク作品を見ていません。
「サマリア」「弓」「うつせみ」そして本作かな。
いつも設定からして惹かれるものがあるんですよね。
誰もこんなこと思いつかないよー!って、その想像力の豊かさにビックリ。
整形大国である韓国を揶揄した作品なのかなと思いましたが、どうなんだろう?
顔が変わるとなかなか愛しているはずの人でも見分けがつかなくなるっていうのがサスペンスフルでした。
手の形(でしたっけ?)を拠り所に探し当てたのに、それが違っていた時の途方も無さ。
よく似た女優さん、よく似た男優さんを集めていて、本当にややこしかったです~。
投稿: ミチ | 2007年12月10日 (月) 21時09分
ミチさん こんばんは☆
そうそう,ギドク作品は,設定の面白さにいつもしてやられます。
人間の心の極端な面だけ取り出してることも多いような・・・。
宗教的な側面もあるような・・・。
私にとって,彼の作品は「珍味」のようなものです。
「珍味」=「美味」とは違いますが,おっかなびっくり食してみたくなる・・・そんな作品ですね,彼のは。
そう言えば,よく似た俳優さん(ある意味 没個性派)を集めていましたね。セヒとスェヒも,よく似てました。
投稿: なな | 2007年12月10日 (月) 22時13分
ななさま、こんにちは。お邪魔します。
もしかして、TBが届いてないですか? う~ん、ショック・・・。
ギドクはお好きなのですか? 私は結構、はまってます(照)。
この作品は賛否あるようですが、私はかなり面白く観ました。
「整形返し」、凄いですよね。。
「人はみんな同じなんだよ」っていうセリフが印象深かったのですよ。
だから整形されたら整形返し? そんなワケないですけど(笑)。
ギドクの次回作も楽しみです!ではでは~。
投稿: 真紅 | 2007年12月12日 (水) 22時42分
真紅さま 残念ながらTBは届いてないようです。(T_T)/~
ここ数日、受け取る方が不調になっているようです。
申し訳ありません。
ギドク作品はお好きというほどじゃないのですが
恐いもの見たさというか・・・
他では絶対にお目にかかれない世界には
いつも圧倒されますね。
この物語も、愛のために整形するだけでもすごいのに、
整形返しとは恐れ入りましたよ。
投稿: なな | 2007年12月13日 (木) 00時15分
こんにちは!
ギドクワールド、毎回楽しみにしているkossyです。
さすがに整形というテーマは日本人の感覚からすると、
当り前のように行われている韓国人の受け取り方がわかりません。
今日から公開の「カンナさん大成功です」も整形がテーマですけど、これはコメディだし、また違った整形観も楽しめそうです・・・でも日本のコミックが原作なんですよね・・・
投稿: kossy | 2007年12月15日 (土) 14時09分
kossyさん,こんにちは
韓国の整形ブームには驚くばかりですね。
あちらでは,外見が非常に重要だとか・・・・。
儒教の考えが根底にあって,現在はキリスト教の影響も大きい国とはとても思えない考えのような気もしますが・・・。
「カンナさん大成功です」も,面白そうで要チェックな作品です!日本のコミックが原作の映画化って,たくさんありますね。
投稿: なな | 2007年12月15日 (土) 17時27分
突然失礼いたします。ひっそりとギドクファンを一人でやっていたいまここと申します。ギドクはエキセントリックな設定ばかりが目立ってしまうのですが、私には人間性の本質をついている方だと思えます。
相手からの絶対的な愛情を手に入れるために自らの顔を切り刻む女の愚かさ、一途さ、哀しさ。そして相手からの整形返しにより、絶対だと思っていた自分の愛情もまた非常に不確かなものだったと気づかされる皮肉なオチ。何度やっても同じこと、最後に待っているのは絶対的な虚無感。これからもギドク作品を観続けていきます。
投稿: いまここ | 2008年12月24日 (水) 23時37分
補足です。整形返しは最後の皮肉なオチのための物語上の仕掛けなんではないでしょうか。女性の整形は感情的に理解できたんですが、男性のほうは、それはしないだろうと思いました。
投稿: いまここ | 2008年12月24日 (水) 23時41分
いまここさん,こんにちは はじめまして
コメントいただいてとっても嬉しいです。
ギドク監督のファンなのですね!
私はファンではないですが,彼の作品はなぜか惹かれるものがあって
鑑賞することが多いです。
>ギドクはエキセントリックな設定ばかりが目立ってしまうのですが、私には人間性の本質をついている方だと思えます。
確かにそうですね。人間性の本質・・・それも触れてほしくない心の襞のすみずみまで見せてくれるので
私はいつも「怖いもの見たさ」の感覚で鑑賞しています。
「整形返し」は一見とんでもない方法のようですが
なるほど,そう解釈すれば納得がいきますね。
最近レンタル店に「ブレス」を見つけたのですが
そちらも気になってます~。
投稿: なな | 2008年12月25日 (木) 15時28分
こんにちは。はじめまして。
この映画、原題は時間と言うそうですね。
時間とともに関係も成熟していけたら良いけど、彼女はそれが信じられなかった。ジウ役の俳優さんの涼しげな目元がいいです。
セヒ役の女性も薬物で捕まった過去があるとかで、良い子をかなぐり捨てた様な狂気的な演技に感動してしまいました。
投稿: ノアール | 2018年5月21日 (月) 03時22分
こんにちは ノアールさん はじめまして
古い記事にありがとうございます。
もう細かいあらすじは忘れてしまいましたが
さすがギドク監督らしい一筋縄ではいかない奇妙なストーリーで
もし自分だったら・・・?と考えたくても
なかなか想像できない世界だったのを思い出しました。
>ジウ役の俳優さんの涼しげな目元がいいです。
ジウ役の俳優さんはこの作品で初めてみましたが
後に「チェイサー」とか「トンネル」とかで
有名になったあのハ・ジョンウさんでしたね。
投稿: なな | 2018年5月27日 (日) 18時10分