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    ブロークバックマウンテンの名シーンの数々です。

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2007年12月の記事

2007年12月31日 (月)

ボルベール〈帰郷〉

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遅ればせながら,やっとDVDで観れました!・・・だって地元の劇場で上映されなかったんだもん・・・ぐすん。「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥ・ハー」に続く,ペドロ・アルモドバル監督の女性讃歌3部作の最終章にして,最高傑作!・・・・だそうだ。(「オール〜」は観たけど,「トーク〜」は未見)「女性讃歌」!なーんていい響き!これはすべての女性必見かも。

なんたって,主演のペネロペ・クルスが美しいし,カッコいい!それまでセクシーなミューズ役の印象があったけど,この物語のペネロペからは,セクシーさだけではなく,内面に熱い血をたぎらせた肝っ玉母ちゃんのような逞しさを感じた。時折見せる,彼女の射るようなまなざしと,くっきりと引かれたアイライン。
彼女が演じたのは,激しい気性と,豊かな感情と,強い意志を持った,スペインの大地のような女性ライムンダ。この映画のペネロペは,ハリウッドで見せる輝きとはまた違う,強烈な魅力を放っていた。
Chn11_rpt516_volver2_2 ある日,ライムンダの娘のパウラは,養父に襲われて,彼を思わず刺し殺してしまう。動揺しつつも,周囲の人には「夫は出て行った」と偽り,死体を隠匿,始末するライムンダ。それは,娘をかばう母親の本能のせいだけではなく,彼女自身の辛い体験をも思い出して取った行動。

そんな彼女の前に,数年前の火事で,父親とともに焼け死んだはずの母が姿を現す。それまで母は,故郷の叔母の家にこっそり滞在して叔母を看取った後,姉のソーレのもとにいたのだった。死んだと偽って身を隠した母の秘密とは?そして火事の事件の真相は?長い間心を通わすことのなかった母と娘が,再会の涙を流すとき,衝撃的な事実もまた明かされる・・・・。

この映画のキャッチコピーは
女たち,流した血から,花咲かすだ。
003 まるで極妻のようなオソロシゲナ台詞だが,花を咲かせることができる血は,やはり流される必要があったのだと,納得できる物語だ。ライムンダ,パウラ,ソーレ,そしてイレネ。苛酷な運命にひるむことなく立ち向かい,後ろを振り返らない彼女たちの生き様はすがすがしく,応援したくなる。と言うか,この物語に出てくる男性が存在感がなくて,同情できないせいもあるけど。

ライムンダの背負う秘密や試練
(特に娘のパウラの出生に関すること)って,考えてみれば凄く重い。母イレネが,隣人のアグスティナの母にした事も、また。それでも彼女たちは,互いに支えあい,償えることは償いながら,現状を受け入れて,強く生きていくのだろう。

女の持つ生命力,包容力,そして耐え抜く力と,再生し,順応しようとする本能。それはまるで大地のような,太陽のような,力強さとあたたかさ。女性って凄い・・・・やはり「生む性」の持つ底力かなぁ。女性であることが誇らしくなるような,こんな作品を撮ったのが男性の監督であるということが,なんだか嬉しい。

それにしても,スペイン風の挨拶で交わされるキスって,なんであんなに大きな音をたてるの? チュッ!チュッ!チュッ!って。
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2007年12月30日 (日)

アイマックさんバトン

スーパー映画ブロガーの,アイマックさん(小部屋日記)から,バトンをいただきました。
→ 最近思う【】
→ こんな【】に感動!!!
→ 直観的な【】
→ 好きな【】
→ この世に【】が なかったら
→ 次に回すひとに【指定】付きで
→ 指定した人の名前をタイトルに
おまけで私からのお題
→ 2008年期待の【】

アイマックさんからの指定は,映画です。
バトンは初めてなので緊張しますね~~。

最近思う【映画】
ベオウルフを観て思いましたね。最新の映像技術の進化ぶり。なんつうか・・・,実際の俳優さんの皺もシミも贅肉までも,全部CGで修正できる時代になったのね・・・。
ちょっとフクザツです。

こんな【映画】に感動!!!
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今年鑑賞した作品で,(DVDも含む)一番感動したのは,善き人のためのソナタでした。主演のウルリッヒ・ミューエさんの繊細な目の演技に釘付け!ラストは自然に 涙があふれて来ました。音楽が人の心を動かす,という物語に,もともとヨワイですし。

直観的な【映画】
直観的な,という意味が いまひとつわからないのですが,映画といえば真っ先に思い浮かべる作品,ということかしら?私の場合はそれならやっぱり,ブロークバックマウンテンかな?

22_3 なにしろ,これは私がブログを始める
きっかけを作った作品ですから。価値観や,人生観まで変えてくれた物語です。・・・・どこが好きかなんて,一言ではとても語りつくせないですね。

好きな【映画のジャンル】
あのー,私,リベンジ(復讐)ものと,連続殺人犯ものが大好物でございます。何かトラウマでも?いえいえそんなのはまったくございませんが,人間の心の闇を描いたものに惹かれるのでございます。セブン  ゾディアック  ハンニバル・シリーズ 
 オールドボーイ  親切なクムジャさん 殺人の追憶 
などなど・・・。

579d9619_4 この世に【映画】がなかったら
生きる甲斐が無い、とまでは言いませんが,私にとってはかなり殺伐な人生になりますね。

2008年期待の【映画】
あまり情報を知らないのですよ,お恥ずかしい・・・。予告を見て,自分の好みで「これ,観たい!」と思った作品は・・・・。

スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
エリザベス・ゴールデンエイジ
ラスト・コーション色|戒・
・・・・かな?

次に回すひとに【指定】付きで

年末の忙しい時期に恐縮ですが,いつでもいいし,スルーもアリだそうですよ^0^329147view001_4 指定は,もちろん「映画」で。でも,ご自分の得意な分野に変えてくださっても結構です。

YUKAの気ままな有閑日記の 由香さん
◎★マリーの映画館の マリーさん
       
(アンディのネタでもいいですよん♪)
◎心の栄養♪映画と英語のジョークの メルさん
◎ポコアポコヤ 映画倉庫の latifaさん
328445view001_3 よろしくお願いしまあす!! 
皆さん,映画通でいらっしゃるから,もしかしたら別ルートで
同じのが回ってくるかも・・・・・。

ラスト・コーション・・・セクシーなトニーに逢いたい

2007年12月27日 (木)

ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記

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それにしても長い題名だ(;^ ^ )
私はこれの前作は観てないので,前回からの登場人物の名前とか,互いの関係とかの予備知識はゼロだったけど,何とか物語についていけた。と言うか、あんまり深く立ち止まって考えすぎると,ストーリーに置いてゆかれるので,大雑把な理解の方が,かえってスムーズに流れに乗れた感じだ。

ニコラス・ケイジが扮する歴史学者ベン・ゲイツが、今回果たさなければならない使命は、自分の先祖にかけられた,リンカーン暗殺の嫌疑を晴らすことと,黄金都市の財宝を見つけだすこと財宝を見つけ出すことが,すなわち嫌疑を晴らすことにつながるらしいけど,なんでそうなるのか鑑賞中ずーっと頭の中で「???」と思い続けていた。(←実は今も思ってる。)

ベンの仲間たちは,前作からの相棒のライリーと,今はちょっと気まずい関係になっている恋人のアビゲイル(ダイアン・クルーガー)。それに,ベンのパパとママ(夫とは冷戦中)も加わって,ややホームドラマの様相も。
04_2 ハナシの展開は超高速で進む感じで,コーナーを曲がるたびに次々に解き明かされる謎と,新しく現れる難関を「えっ?今のはどういう意味?」「そこはどこ?」などと確かめる間もないくらいだ。忍び込んで,古代語で暗号の記された木片を盗み出す場所も,バッキンガム宮殿の女王の部屋とか,ホワイトハウスの大統領執務室とか,凄い場所ばかり。

とちゅう,「これ必要?」と首をかしげたくなるくらいどハデなカーチェイスもあったり,なんと大統領誘拐!(これがまた,やけにダンディな大統領)とかも出てくるので,一瞬も画面から目が離せない。わけがわからないままに,遊園地のアトラクションを次々に引っ張りまわされているような楽しさ(?)がある。
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なんだかんだ言っても,宝探しが佳境に入ると,どうしたってわくわくしちゃう。ラシュモア山の洞窟探検に突入してからは,インディ・ジョーンズみたいな高揚感が。ベンたちご一行の敵だったエド・ハリスも,力を合わせて難関を突破していくのが楽しい。中でも,奈落の底の上に浮いた巨大な石版の上で繰り広げる 恐怖のバランスゲームは手に汗を握る。(フレンドパークのゲームをちょっと連想したけど)
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石や木でできた巨大な仕掛け(ああ,嘘っぽい)を上手に操りながら,水責めの危機も何とかクリアして,ビルご一行様は無事に黄金都市発見に大成功!(エド・ハリスは浮かばれない役でかわいそう)祖国に富をもたらしたベンたちに,大統領はご満悦。ベンの先祖の嫌疑も見事に晴れたってことで(←だから,なんでそうなるんだよ?)めでたし,めでたし。

劇場で観て正解でした(^0^) 大味ではありますが,大人も子供も楽しく観れる無難なエンタメ作品です。ただし,出だしは少々退屈(というか訳がわからない)ので,始まってすぐに場内で誰かのいびきが聞こえました。怒涛の展開になってからは,さすがにその方も目が覚めたみたいですけどね。

2007年12月26日 (水)

猫と大掃除

年末の大掃除の季節・・・・。
冬休みに入ったのでぼちぼち開始。

うちのななちゃんは,大掃除の見学が大好き!

いつも必ず呼んでないのにやってきて,
邪魔ばっかりする。

たとえば・・・・

011
バケツのぞうきん水を飲もうとしたり・・・・・

013
窓ふきしているところにちょっかいかけに来たり・・・・

009
しまいにゃ,別に手伝ってもいないのに
「つかれた~」とばかり 寝ちゃった・・・(←殴ったろか)

忙しいときは,猫の手も借りたい というけど
猫なんて,邪魔しかしませんよ~~~^ ^!

ベオウルフ/呪われし勇者

Beowulf21024x768 原作は,なんと英文学最古の叙事詩だそうで,魔物や竜と戦う 最強の戦士ベオウルフの武勇伝だ。

物語の舞台は,年老いた王フロースガール(アンソニー・ホプキンス)が治めるデンマーク。この国を悩ます巨人グレンデルを退治するために,海を渡ってやってきた勇者ベオウルフ(レイ・ウィンストン)。彼は見事にグレンデルを倒すが,グレンデルの母親である魔女(アンジェリーナ・ジョリー)と対決するために沼地へ出かけてゆき,そこで妖しくも美しい彼女と,ある取引をしてしまう・・・。

この物語,今までも何度か映画化されてるらしいが,今回のロバート・ゼメキス監督作品の見処は,何と言っても最新の映像効果。なんと背景だけでなく、俳優の顔や体や動きまで全編CG映像。確かに初めてお目にかかる世界が展開されてはいたが,戦闘シーンなどはともかく、何でもない動きのシーンは,やはり人物の動きがぎこちなくて,違和感は最後までぬぐえなかったかな。私,こんな風にアニメっぽい動きはちょっと苦手。
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主要俳優のビジュアルも、それぞれ「うう~む・・・」と感じる点はあった。(感心する点も,そりゃたくさんありましたよ。)アンソニー・ホプキンスの顔はそんなにご本人と変えてないように思えたけど,やけにつるんとした皺のない,まんまるいお腹とかが不自然?可愛かったけど。 マルコビッチは,抜け目のなさそうな目だけは確かに彼なんだけど,登場してきたときは若い役だったので,お肌なんか当然若々しくて,「誰?」と思ってしまった。

ベオ役のレイ・ウィンストンの筋肉は,あまりに完璧でバランスがとれすぎてて,いかにも作り物だが,それでもやはり見とれるくらい美しかった。(しかし,無理に全裸で戦わんでもよさそうなものだが)ご本人は普通のおっちゃんらしい。

そして何と言っても注目のアンジー。彼女が水の底から登場したときは,待ち構えていた場内が固唾を呑むのがわかった。私もついつい座席から身を乗り出してしまった。黄金に輝くパーフェクトなグラマラスボディ。まるで蛇のように妖艶にうごめく,長く編んだ髪。そしてお顔は確かにアンジーなんだけど,目が違う。ご本人はもっとワイルドな目だが,まるで綺麗なマネキンのぱっちりした瞳と入れ替えたように,甘さとイノセントさが感じられる目だ。・・・・それは,ふるいつきたいくらい魅力的だった328545view007_2 空中や水中で繰り広げられるベオウルフと,ドラゴンの死闘はさすがに迫力満点で,見事の一言に尽きる。しかしなあ・・・この壮大な英雄物語の真のテーマって,
◎男は所詮,色じかけには弱い。
◎蒔いた種は自分で刈らねばならぬ

ってことかなあ?もしかして。どれだけ代償が大きいかわかっていても,三代の王たちに受け継がれていく呪い。先王フロースガール,ベオウルフ,そして後を継いだ家来もきっと,怪物の父親になるという運命には逆らえないのかしら。


いや,あれは「呪い」ではなくて「過ち」ではないのかな?まぁ,その過ちも
,アンジーに魔法をかけられたからかもしれないけど。勇者も人間としての弱さを持っているという教訓がこめられているのかしら。原作には,この部分(魔女にたぶらかされる)というのはないらしいけどね。

それにしたって・・・まったく,
男って 男って 男って~~!
(男性諸君,言いすぎたらゴメンナサイ )

2007年12月24日 (月)

アンフィニッシュ・ライフ

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ラッセ・ハルストレム監督作品で,主演はロバート・レッドフォード。他の出演陣も ,モーガン・フリーマンジェニファー・ロペスと超豪華!劇場公開されなかったのがまことに勿体無い,素晴らしい作品だった。

これは,シッピングニュースや,ギルバート・グレイプのような,ラッセ作品特有の 傷を抱えた人々の 癒しと再生のやさしい物語だ。物語の舞台はアメリカ,ワイオミング。そう聞いただけで,ブロークバックマウンテンを思い出して,「観よう!」とDVDをレンタルした私(←単純)

主人公のアイナー(レッドフォード)は,ワイオミングの小さな牧場で,熊に襲われたため障害を負った親友ミッチ(フリーマン)と一緒に暮らしている。(二人だけで暮らしているからといっても,彼らはゲイではありません)

そこへ突然,死んだ息子の嫁ジーン(ロペス)が娘のグリフと共に現れる。現在の恋人の暴力から逃れるために,舅であるアイナーを頼ってきたのだった。しかし,アイナーとジーンの間には,強いわだかまりがあった。

アイナーは息子の交通事故死を,運転していたジーンのせいだと恨んでいたのだ。
いまだにジーンに対する憎しみを捨てられないアイナーは,それでも息子と生き写しの孫娘グリフへの情から,二人の滞在を許可するが・・・・。Cap135 レッドフォードが,顔面全体にうっすらと生やした髭がちょっと薄汚く見えて,最初は「レッドフォード?どこの爺さん?」とひいてしまったが,そのうち見慣れた。フリーマンの方は,背中や顔に残る熊の爪傷がまだ生々しく,今でもアイナーに 痛み止めのモルヒネを打ってもらっている毎日だ。

彼が熊に襲われた晩,泥酔していて彼を助けられなかったアイナー。そのことでミッチはひとことも,口に出してアイナーを責めたりしなかったが,アイナーの方は,おそらくずっと自分を赦せないでいたと思う。

この物語のテーマは
人はいかにして赦せない思いを克服できるか」だ。
親友を助けられなかった自分を赦せない思い。
息子の死の原因を作ったジーンを赦せない思い。


Cap141_2 いくら忘れたくても,毎朝ミッチの世話をする度に,後悔と自責の念は起こっただろう。だから,彼を傷つけた熊が再び出現したときに,アイナーは熊に「殺意」まで抱くのだけど,ミッチの方は対照的に 動物園に収監されている熊に対して,「餌をやってくれ」「様子を見てきてくれ」と,意外な反応を示す。

一方,嫁のジーンへの恨みはもっともっと深刻で,とうてい赦せそうもないのだが,日増しに募る孫のグリフへの愛情から,「赦さなくては」とジレンマに苦しむアイナー。息子の死は事故であり,きっとアイナーもそれは十分承知していただろうけど,運転していたジーンを責めたくなる親心は やはり当然だろう。悲しみが深すぎると,原因を作った相手を憎むことで,悲しみから逃避したくなる。

赦すよりも,憎み続けることの方がたやすい
場合も,きっとあるのだ。望んでもいないのに,唐突に与えられた「赦しの機会」に彼は戸惑いを隠せない。

Cap142アイナーの葛藤や苦しみはよくわかる。憎しみは確かに確実に心を蝕むけれど,赦しを選び取るのは もっと難しい。しかし,赦しが与えてくれる平安と癒しのすばらしさをミッチはよく知っていて,時にはシビアに時には優しく,「赦すんだ」というメッセージをアイナーに発し続ける。

複雑な心境の変化を演じきったレッドフォードの演技は,さすがの貫禄で,冒頭から惹きこまれてしまう。彼はやはり,大自然の中で馬を駆っているのがよく似合う。・・・たとえ老いても。

そしてモーガン・フリーマンは,今回もまた,悩む友を傍らで見守る役だ。重厚で,包み込むような,こんな温かい雰囲気は,彼にしか出せない。

アンフィニッシュ・ライフ=「未完の人生」は,若くして死んだ,アイナーの息子の墓に刻まれた墓碑銘だが,アイナーその人の人生もまた,もしジーンや自分を赦すことができずに終えたならアンフィニッシュ・ライフになったのではないかと思った。

赦すことは時に痛みも伴うけれど,赦された側よりも,赦した側の方が,より大きな癒しを得るのではないか。とうの昔に失ったと思ってた家族を再び得たアイナーを見ながら,そう感じた。 それにしても,この映画,ブロークバック~でおなじみのワイオミングの自然や町並みや,カウボーイの服装などが,たくさん出てきて嬉しかった。
Cap133
ブロークバックは40年も前の物語だのに,今もカウボーイたちって,イニスやジャックと,そう変わらないファッションだった。・・・・特にアイナーのジャケットなんか,イニスのと激似のもあった。そういや,ポンコツのピックアップトラックも登場したし。

2007年12月21日 (金)

アイ・アム・レジェンド

071127_regend_sub5 ウィル・スミス主演の人類滅亡ものサバイバル映画。今日めでたく 観てきました。(^ ^)

ウィルが演じる,主人公のロバート・ネビル(元軍人。医学の知識もある)は,3年前に突然蔓延した疫病で死に絶えた人類の,唯一の生き残りという設定。愛犬サムと二人(?)で,廃墟と化したニューヨークに留まり続け,同じような生存者とコンタクトを取ろうと試みながらも,人類の滅亡を救うため,疫病に効く血清を作ろうと,試行錯誤を繰り返している。

街には,疫病に感染したために,まるで狂犬のようにモンスター化した人々が潜み,327925view004_2日光が致命的な彼らは,暗闇の中や,夜間に姿を現す。ネビルは,昼間は食料調達やコンタクト待ち,夜は自分の命を守るために,家の中に潜む生活をしながら,マウスや感染者を使って,血清作りと効果の実験に励んでいた・・・。

もちろん,設定は面白いと思うから,冒頭から惹きつけられた。人っ子一人いない大都会の不気味さ。その中を野生動物が疾走する異様さ。感染者との攻防戦や,愛犬サムの魅力など,「28日後」に似てはいるが,それなりに見所は満載だ。

が,しかし,結論から言うと,これは私にとっては尻すぼみな作品に思えた。
中盤に,あんなに賢く,健気な魅力を振りまいていた愛犬サムが退場し,ネビルを訪ねて,生き残った女性アナが登場してからは,私的には,急に物語が生彩を欠いて見えた。なんか,アナのキャラって違和感が・・・。

ネビルの呼びかけでようやく現れた生存者の彼女。・・・まったく普通のしかも子連れの女性。女戦士でもないのになぜ生き残れたり,ネビルを助けたりできたのか,納得いかなかった。おまけに「神の声を聴きなさい」なんて場違いなせりふは言うし・・・


これはラストのネビルの犠牲の伏線になってるかもしれないけど,唐突すぎる。普通,こういう題材の物語って,ラストに近づくほど,加速をつけて盛り上げていくものだけど,これはかえって失速したような・・・。

ラストがあっけなすぎて
,こじつけっぽかったからかな?いきなりバタバタとまとめに入った感じ?このラストはきっと,一番感動しなければいけないシーンなんだろうけど,中盤の,死んでゆくサムをネビルが抱きしめるシーンの方が,ずっと心が震えた。
071019_regend_sub4 問題の解決策や,感染者の特徴などに,目新しさは特に感じないから,生き残った人間の,孤独感や恐怖を想像するための物語として,ウィルの繊細な目の演技を堪能するのも,この作品の楽しみ方のひとつだと思う。

ウィル・スミスって,なかなかいいじゃん!
と,
初めて思いましたよ。

たびたび登場する,彼の涙目に,けっこう萌えた。それに,あのサム役のワンちゃん!彼(いや,メスだから彼女か)のこの映画への貢献度は,ウィルに負けず劣らず高いと思う。
犬がいないから,帰宅してから,飼い猫を思わず抱きしめてしまった私です。

ジャーヘッド

Cap111 ジェイクファンの私だから,このブログを始めた時に,実は真っ先に 感想を書かなきゃいけない映画だのに,なぜか気が重くて,(つまり,書きにくくて)今まで放置していた可哀想な作品。

これは湾岸戦争に従軍した海兵隊の青年スウォフォードの手記の映画化。苛酷な訓練と,上官のシゴキに耐えて,ようやく戦地へ赴いたのに,敵が一向に現れない砂漠で,遂に一発の銃弾を発することもなく帰還した兵士の,本音を綴った ドキュメンタリーのような戦争物語だ。
Cap104 彼ら新米兵士たちが,ハードな訓練によって 否応なく高揚させられた士気は,砂漠に到着したとき,まさにピークを迎えていたと思う。しかし彼らを待っていたのは,来る日も来る日も 移動と訓練と待機の毎日。

どこへも発散されずに もてあます闘志とエネルギー。取材に訪れたテレビのカメラに向かって,発せられる建前トーク。残してきた妻や恋人が,自分を裏切ってないかという不信感。日頃の鬱憤晴らしとばかりに,はめを外したクリスマスのドンチャン騒ぎと,その顛末。

彼らの中には,疲労や苛立ちで,次第に精神のバランスを崩すものさえ出てくる。「銃を撃ちたい,何でもいいから撃たせてくれ 」という狂気じみた思い。
Cap107 戦争ものなのに,
待てど暮らせど一向に登場しない戦闘シーン。
別にそれを期待して観たのではなかったけれど,鑑賞後の感想で一番感じたのは,まるで肩透かしをくらったような,いいようのない虚しさと脱力感。それはおそらく,スウォフォードたちが感じたのと 同じもののような気がする。

多くの兵士が犠牲になる戦闘を描いて,戦争の悲惨さを訴える作品とは違って,これは戦場における兵士自身の内面との戦いを等身大に描いている。どちらにしても従軍体験者は心に傷を受け,一生消えないのだということが,冒頭と最後に語られるスウォフォードの言葉から感じられる。戦争の無意味さや虚しさを表現しているという点では,これもまた異色の反戦映画といっていいだろう 。
Cap105_2 と、真面目な感想はこれくらいにして,ここからはジェイク語りを。何と言っても、私はこれを彼が主演だから観たのだし。(と言うことはつまり彼が主演でなかったら,スルーしている可能性は大) 

この映画で丸刈りにしたジェイク(丸刈りはあまり似合ってないかも)は,ラクダのようなふさふさ睫毛に縁取られた 瞳の大きさが特に強調されていた。狙撃をする時の吸い込まれそうな瞳や,美しい指につい見とれてしまった。Cap099_2 お気に入りのシーンは入隊してすぐに上官にしごかれるシーン。イジメとしか思えないような 罵詈雑言の嵐に,直立不動で,それでもいちいち言い返しているジェイクが健気だ。

「お前はゲイか!」と言われて,「ゲイではありません!」と叫び返していたけど,BBMの直後だからね~,ついつい心の中で「嘘や~^^」とつっこむ私。最後は 坊主頭を思い切りガンガンどつかれたりして。(あれは本気で痛そう)口でラッパを吹かされるシーンも可愛くて 好きだ。(真似したけどできなかった)
Cap096 トロイ(ピーター・サースガード)とのツーショットもお気に入り。この二人は今は義理の兄弟なんだよね,演技の息もピッタリ合っている。

そして何といっても,一番の見所は,あのサンタ姿。う~~ん,ちょっとやり過ぎ??そのカッコとその踊りは・・・・。と思いつつも,彫像のような見事な筋肉に目が釘付けになったりして。・・・それにしても,ジェイク,腰の振り方が色っぽすぎです。
Cap113

Cap122_2



←おまけ画像

ジェイクの剃髪現場です。

・・・・これから,刈るとこ。

2007年12月18日 (火)

カサノバ

Cap095実はこれはレンタルで二度目の鑑賞。一度目はリリースされてすぐに観てみたのだけど,その頃は,私的にまだヒース=イニスのイメージにとらわれていて,冒頭,華麗な宮廷風の音楽をバックに,スクリーンに映し出されたセクシーなヒースの流し目を見るなり、「冗談だろ」と思って,続きを観る気が失せてしまったのだ。(しばらくお蔵入り) で,ほとぼりもさめた今回,あらためて鑑賞しなおしてみたというわけ。
Cap061 稀代の色事師カサノバのお話だということだが,カサノバについては,その名前と「中世のプレイボーイ」かしらん?というくらいしか知識が無かった私は,一応カサノバご本人について予習してみた。(私の中では,ドンファンとかとごっちゃになってる部分もあるし)

ジャコモ・カサノヴァ
(Giacomo Girolamo Casanova(1725年4月2日〜1798年6月4日)は、ヴェネツィア出身の術策家(adventurer)であり作家。その女性遍歴によって広く知られている。彼の自伝『我が生涯の物語』Histoire de Ma Vie(邦題『カザノヴァ回想録』)によれば,彼は生涯に1,000人の女性とベッドを共にしたという。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Cap069 おお,ただの色事師ではなく,どうやらかなりのインテリでもあったらしい。しかし,術策家って,なんだ?・・・なんだか胡散臭いなぁ。

しかし、ラッセ・ハルストレム監督は,このカサノバを,セクシャルな要素を薄めて,爽やかでお洒落な ロマンティック・コメディに仕上げていた。いや,ロマンティック・コメディというよりは,華やかなドタバタ喜劇というか,シェークスピアの喜劇のような風合いの物語だった。
Cap077 それにしてもヒース・レジャー
あのブロークバックマウンテンの直後に,あのイニス臭イニス癖を きれいさっぱりぬぐい去って,おしゃれで口が達者で(身分の詐称なんかへいちゃらでやってのける)スマートでセクシーで可愛いカサノバになりきっていた。

ヒースのコミカルな演技は初めて見たけど,イニスと比べると,ここまで真逆なキャラを よく演じられるなあと感嘆。・・・器用な人だ。演じるのが難しかったブローク~の後だから,ヒース本人もこのカサノバでは,肩の力を抜いて,楽しみながら演じている雰囲気がある。
ロック・ユー!では彼のダンス姿に魅せられたが,今回は彼のフェンシングのあざやかな剣さばきに萌えた。(この人ほんとに足長い)
Cap065 ブローク~の後なので,余計にイニスとの違いが際立ち,「いろんな役を演じわけられる実力派」という評価を得たのではないだろうか。

物語は,ひとことで言えば色事師のカサノバが,自由な魂と知性を持ったフランチェスカと出会い,真の愛に目覚めるお話だが,フランチェスカには,自分がカサノバだということを隠していたり,彼を逮捕しようと,ヴァチカンから派遣された司教との絡みがあったり,フランチェスカも,偽名を使って異端とされる女性解放論を書いていたりと,ひとことでは説明できないくらい,ごちゃごちゃとストーリーが絡み合い,立ち止まっていちいち感情移入するような深みのある物語ではない。あくまでも軽妙で可愛らしく,華やかな物語だ。爆笑場面も盛りだくさん。役者はみんな,おおまじめにコメディアンに徹しているような感じがした。
Cap083_2 特にカサノバの敵役の司教を演じたジェレミー・アイアンズのボケぶりが絶品だ。いつもの物静かな英国紳士ぶりはどこへやら,目をむき,唾を飛ばしてカサノバを罪に定めようと躍起になる姿が笑える。どぎつい紫の色を多用した衣装も似合っていた。

「そんなに簡単に恋に落ちるかなあ」とか「そんなにうまくいかないっしょ」なんてつっこまずに,ヒースのさわやかなお色気を楽しみながら楽しく鑑賞した後は,心をデトックスしたような爽快感が残った。
Cap085 なかなか愛すべき物語である。もっと早く観ればよかった。演じたヒースと同様に,肩の力を抜いて軽やかに楽しみたい作品だ。

余談ですが,下のシーン,
まどろみの抱擁を思い出しませんか?
Cap079

Cap574_2 

 

2007年12月17日 (月)

猫は電話が嫌い

Fzak_067 猫は電話が嫌いって,
電話機がきらいとか
電話の鳴る音が嫌いとか,
そんなんじゃない。

飼い主が電話で話すのが嫌いなのだ。
うちの猫の場合。

私も電話をかけるのが嫌いだが(面倒くさい、というか緊張する)母などは長電話の常習犯なので,しょっちゅう猫にクレームをつけられている

膝に乗せているときに長電話を始めると決まってニャーニャー ギャーギャーと鳴いてうるさい。受話器の向こうの相手は「あら,猫ちゃんも会話に入りたいのね〜」と言うけどはよ切れ〜〜!と鳴いているにちがいない(←勝手なやつ)

・・・・私は一度こいつに
大事な電話を切られたことがある
006 何の用事か忘れたが,結構 微妙な関係の相手に電話して話が佳境に入りかけたときに,足元で不満そうに睨んでいた猫がいきなり電話機の上に飛び乗ってプッシュホンを足で押したのである。足がちょうどボタンを押したのはもちろん偶然だけど。

突然電話を切られた相手は,当然気を悪くして「猫が切ったのよ」と言い訳しても,信じてもらえなかったなぁ。
↑信頼関係ができてない相手だったので。(泣)まあ,確かに嘘っぽい言い訳だけどさ。

ところで,猫ってパソコンのキーボードの上とか,ピアノ弾いてるときの鍵盤の上とか,歩きたがったりしません?パソコンに文章を入力してるとき,席を外したすきにキーボードの上を歩かれたことがあるけど,戻ってきたら画面に#$%””%&*」*+>’&57T%$###*:@@お0みたいな謎の呪文っぽい文がいつのまにか入力されてて,肝をつぶした。(猫の仕業とは すぐわからなかったので)

ピアノも 録音してるときに鍵盤の上に飛び乗られてジャジャーン,ガガーンという音で
録音が台無しになったことも。飼い主が真剣に何かやってると 邪魔,というか参加したくなるのかな?

「危険な情事」と「運命の女」

エイドリアン・ラインの世界Cap038 実はこの二つの映画,ものすごく好きだ。二つとも、描かれているテーマは 不倫とその代償について。

「危険な情事」で描かれているのは夫の不倫,
「運命の女」の方は妻の不倫


かなり間隔を空けて 製作されたにも関わらず,この二つの作品は まるで対のような面白さがある。設定の共通点も多い。どちらの物語も,夫たちはエリートといってもよい成功した職業を手にしていて,夫婦は,何不自由のない幸せな暮らしをしている。「危険な情事」のダン(マイケル・ダグラス)は弁護士だし,「運命の女」のエドワード(リチャード・ギア)は会社社長だ。

美しい妻たち(アン・アーチャーと,ダイアン・レイン)と愛くるしい子ども。夫婦仲もよく,不倫の原因も,配偶者に対する不満や愛の欠如からではない。いわゆる出来心,魔が差したというやつか。
Cap041 「危険な情事」で ダンが浮気をしたのは「一夜限りの情事」のつもりだった。相手のアレックス(グレン・グローズ)は,クールで大人の魅力あふれる女性に見え,彼女となら,割り切った関係が持てると考えていたのだ。ところが,それはとんでもない間違いで,ダンが関係を清算しようとすると,アレックスはみるみる豹変し,まるで狂ったように執拗にダンを求め始める。

この映画が公開された当時は,確かストーカーという言葉は一般的でなかったような気がするから,アレックスのダンへの執着ぶりや,異常な行動(特に覚えているのはダンの娘の兎を鍋で煮るシーンとか)は,観客の目にはすごく衝撃的に映り,これまでにない恐怖を覚えたことだろう。
Cap043  一方,「運命の女」で夫を裏切る妻のコニーは,買い物先で強風にあおられて転び 手当をしてくれた若者ポールと関係を持つ。彼女もまた,それまでは夫を愛し,子供を愛し,人生に何の不満もなかった。彼女は特に浮気っぽいタイプには見えないのに,そして夫とも愛し合っているのに,若い恋人のミステリアスでセクシーな魅力に惹かれる気持ちを,抑えることができない。そしてこの物語にもまた,悲劇が訪れる。真実を知ってポールを訪ねた夫が 衝動的に彼を殺害してしまうのだ。

二つの物語は,いずれも 偶然の出会いと一瞬の気の迷いが平穏な人生の歯車を狂わせてゆく恐ろしさを描いているが,もしかしたら自分の世界でも起こりそうな出来事,犯しそうな過ちに,観客は人事とは思えない怖さを感じ,その代償の大きさに戦慄する。

どちらにも,可愛い子ども(危険~は女の子,運命~は男の子)が登場するが,父や母の情事のツケがまわってきて,家庭が崩壊を始めると,「一番の被害者は子ども」だということも,感じ取れるような演出がされている。(どちらの子も まだ小さくて素直ないい子だから,余計に痛々しく感じるのだ)

ほんの少しの選択の過ちが,堅牢だと思っていた夫婦の絆をいとも簡単に脅かす。誰の心にもある人間としての弱さと,それが原因で引き起こされる悲劇。スタイリッシュともいえる,美しく洗練された映像の中で,描かれる世界は やけに生々しく,辛辣でクールである。
Cap055 二つの物語は,最後に夫婦の絆が修復されるのが,一応救いにはなっている。「危険な情事」は,夫婦で力を合わせてアレックスを撃退する。「運命の女」のコニー夫婦の場合は,もっともっと切ないラストだ。

しかし,この二つの物語,セットにすると
最強の不倫防止映画である。

これから結婚しようとするカップルが鑑賞するのもよいだろうし,「もしかしたら夫(妻)が浮気してるかも・・・」と疑わしいときに,適切な方を選んで,相手にわざと鑑賞させるのも いいかもしれない。

2007年12月11日 (火)

ユナイテッド93

Cap091 この作品は、アメリカ同時多発テロでハイジャックされた4機のうち,唯一目標に達しなかったユナイテッド航空93便の離陸から墜落までの機内の様子を,残された資料や証言などにより可能な限り再現、製作されたドキュメンタリードラマだ。

これは,是非,
特典映像と合わせて観るべき映画だと思う。

乗務員と40人の乗客を演じた俳優たちは,年齢,外見,雰囲気などができるだけ本人に似ているように配慮されている。また,俳優たちは,事前に自分が演じる人物の遺族に会いに行き,故人の人柄や,遺族の思いを聞いて役作りに励んでいる

その様子を収めた特典映像を観てから,再度本編を鑑賞すると,涙が溢れて止まらなかった。
Cap059_2 監督は,有名俳優を一人も使わないことでこの作品に息詰まるようなリアリティを持たせた。そして,終始一貫して 事実と思われることのみをドキュメンタリー風に淡々と描き,客観性を徹底させた。

テロリストの若者の描写も,主観を交えずに 全くの中立の立場で描いているので,宗教や信念に殉じる彼らの運命が,乗客同様に 痛々しく見えてしまうほど。死を覚悟し,蒼白な顔で 自分たちの神に祈りを捧げながら,家族に「愛している」とメッセージを残して決行に及ぶ彼らは,ごく普通の青年たちにしか見えない。
Cap076 もし,テロリストたちの遺族がこの映画を観たら,はたしてどんな感想を持つだろう。もしかしたら,乗客の遺族と同じように,純粋な悲しみの涙を流す遺族もいるのではないか。

上映前の試写会には,遺族たちだけが招待された。観賞後の遺族たちの殆どが,あの日の出来事を,過剰な脚色や主観を交えずに,忠実に再現してみせてくれた監督の誠意に,感謝の言葉を発していた。
Cap075 あの惨劇から5年の歳月を経て,「時」がようやく 彼らの心の傷を癒しはじめた今,この映画を観て,「あの日の出来事」を再度直視するのは,遺族にとって,どれほどの痛みをともなう体験だろう。しかし,「辛かったけど感動した。この映画は,私たちの(彼らの)遺産です。大勢の人に観てもらいたい。」という,ある遺族のコメントを聞いて,この映画は彼らに,哀しみだけでなく、大きな慰めをも与えたことを知った。

この映画は 厳密な意味では 事実とは違うかもしれないとか,メッセージ性に欠けるとか,何の救いもなくてひたすら痛すぎる映画だとか,いろいろな見方はあると思うし,それはそのとおりだと思う。しかし、監督は テロ批判を殊更に声高に叫んだり,乗客を過剰に英雄視するような 余分な脚色をあえて避けた。遺族たちが この映画製作に期待したこと,それは,

英雄は要らない。
ましてやエンタメ性などこれっぽっちも欲しくない。
ただ,真実を語ってほしいだけ。


あの日,理不尽にも 突然命を奪われた 愛するひとは,その死の瞬間まで,どのように感じ,どのように行動したのか・・・・。

テロリストから,飛行機を奪い返そうと,必死の覚悟で立ち上がる人。死を覚悟してそれぞれの家族に最後のメッセージを伝える人。「ああ,きっと実際にこの通りだったに違いない」という言葉が,ある遺族の口から漏れたのが 印象的だった。

そう、この映画を観ることによって,
やっと心の整理をつけることができた遺族もいただろう。

これは純粋に,遺族たちのために作られた鎮魂の映画だ。911を扱った映画は他にもあるし、これからも製作されるかもしれないが,Cap088 私はやはりこの作品が 一番心に残る。なぜならこの映画からは,何よりも遺族たちへの敬意を感じるからだ。

試写会の後,感想を聞かれて「平和を得たわ」と微笑んだ遺族の美しい笑顔が,今も心に焼き付いている・・・・。

2007年12月10日 (月)

純愛中毒

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おそらく初めて観た韓国映画。
そして,イ・ビョンホンの魅力に開眼した,記念すべき作品でもある。ちょっと変わったタイトルとか,ヒロインイ・ミヨンの清楚な美しさにも惹かれたのだけど。

これは,何といったらいいのだろう。恋愛映画のようなサスペンスのような,不思議で妖しい雰囲気の,そしてまた 韓国映画特有の「なんでこんなストーリー,思いつくかな~」と絶句するようなお話だった。(何か韓国映画の感想の度に,毎回言ってるな,この台詞)

ホジンテジンは二人っきりの兄弟。ホジンは家具デザイナーで弟のテジンはレーサー。両親なき後,弟の親代わりとなったホジンは,家庭的で穏やかな性格。美しい妻のウンスとは,心から愛し合っている。

ある日テジンはレース中の事故で,ホジンはタクシーの衝突事故で,兄弟は偶然,同時に昏睡状態に陥る。先に意識が戻ったテジンは,「僕はテジンじゃない,ホジンだ。」と言い,兄の魂が乗り移ったのだと主張する。
006
これって,最近の作品では「記憶の棘」とかにも似た設定だ。どちらも恋愛ものなんだけど,サスペンスとオカルトの香りが漂う。「記憶の棘」は「輪廻転生」だったけど こちらは「憑依」

うーん,愛した相手が全く別の人間に乗り移って「僕だよ」と言われたら・・・・?「愛してるよ,今でも。信じてほしい」と切ない瞳で見つめられたら・・・・?
(どんな気がするか,想像もつきません,残念ながら。)

先日感想を書いた「絶対の愛」も,愛する相手が顔を変えて現れた場合,「さぁ,どうする?それでも愛せる?」というものだったけど,顔だけでなく,体も全て別人で,心だけ本人という場合,う~~ん,同じように愛せるかなぁ・・・。第一信じられるかしら,そんなこと。(ビョン様なら大歓迎!って,そういう問題じゃないだろ!)

でも,結構好きだ。
こんな迷宮ワールドに迷い込む物語って。
Cap047 ウンスも最初は,戸惑いと不信で悩み苦しむ。夫が植物状態というだけでも 大変なのに,義弟が「僕はホジンだ,君の夫だ」と主張して譲らないのだから・・・。物腰も,性格も,今までとうって変わってホジンとそっくりになったテジン。
そんなこと,あり得ない。信じられない,
もういい加減にして・・・。


頑なに 信じまいとしたウンスだったが,テジンの口から,自分とホジンしか知らない出来事までが語られるのを聞くうちに,彼女は,テジンの中に宿るホジンの魂の存在を 信じるようになる。彼女を愛するあまりに,弟の体に乗り移ってまで 帰ってきた夫に対し,ウンスは遂に 心も体も明け渡すのだけれど・・・・。002 ここから先のストーリーは言えない。最後に
衝撃の仕掛けがあるので,観てのお楽しみ。この物語の中に描かれている「ある愛」を,はたして狂気と見るか,ただひたむきな純愛だと考えるか,それは人それぞれだろう。

私は,狂気とは思わなかったが,手段を選ばないほどの激しい愛は,やはり
「中毒」というネーミングにふさわしいのかも,と思った。しかし,この作品の魅力は,ビョンホンの演技のうまさ(と,イ・ミヨンの美しさ)に負うところは大きいと思う。Cap050 ビョンホンのまなざしが,こぼれ落ちる涙が,とにかく切ない。暮れなずんだ雨の駅に,ホジンがかつてしていたように,傘を持ってウンスを出迎えるシーンは,何度観ても熱いものがこみ上げる。思いが叶って,ウンスと幸せな時を過ごすシーンでの,子供のような笑顔や,笑い声が可愛い。

そして私は初めて観たときに,ラストでテジンが海に兄の遺灰を撒きながら「兄貴,俺を許すんじゃないぞ・・・」と男泣きするシーンで「何て切ない台詞!」と号泣してしまったのだけど,これと似た台詞,韓国のドラマとかで 結構耳にするようになってから,今ではちょっと 最初の感激が薄れちゃって残念。Cap051

2007年12月 9日 (日)

ブロークバックマウンテン(20)

最終章 ~二人への手紙~
24383

最後は,思い切り感傷的に・・・・。

イニスへ

古ぼけたトレーラーハウスでこれからも一人で生きていくあなた。
窓の外を吹き抜けてゆく風の中に
また 明け方に訪れる夢の中に
よみがえる 懐かしく,いとおしいジャックの面影に
ある時は涙しある時は切ない喜びに満たされているあなた。

・・・そんなあなたにひとつ聞いてもいいですか? 
 
02_5
もし 人生をやりなおせるとしたら
あなたは 再びジャックとの出逢いを選びますか?


ジャックがあなたに与えてくれた最高の歓びと最大の悲哀を
もう一度,すべて受ける覚悟がありますか?
結果がこうなるとわかっていてもなお,
ジャックを愛する道を望みますか?

・・・・愚問でしたね。ごめんなさい。
わかっています。あなたの答え。
確かにジャックと出逢わなかったら,
あなたの人生は 平穏に過ぎていったかもしれない。
おそらく何も失うこともなく。
けれど ジャックと出逢ったことで,そして彼から愛されたことで
あなたは 自分が何者であるかを知ることができた。
Lnk
あなたが味わった苦しみや痛みの全てを
補って余りある程の貴重なものを 
ジャックは あなたにくれたはず。
どんな犠牲を払ったとしても愛し合う価値は十分にあった
今のあなたなら きっと言うことでしょう。
もう一度人生をやりなおすとしたら
今度こそあなたは逃げないで
ジャックと生きる道を探すことでしょう。

あなたは再びジャックとの出逢いを選びますか?

「イエス」と静かに答える
あなたの声が聞こえるような気がします。



ジャックへ

今はもう 風になって 星になって 
空の上からイニスを優しく見守っているだろうあなた。
この世に生きていたときは
「望んだものは 何一つとして手に入らない」と
嘆いたときもありましたね。
Cap216_2
20年前に あの山のふもとで初めてイニスに出逢った時から
どんな時も ひたむきに 
彼だけを見つめ続けてきた あなたの瞳。


・・・知っていましたか?
イニスがずっとあなたを愛していたことを。


イニス自身も気がついていなかったけど
もしかしたら,おそらくあなたよりも 強く激しく
イニスはあなたを 愛していました。 

ジャック,あなたはイニスの人生には
どうしても必要なかけがえのないひとだったのですよ。

彼からの愛の言葉を 
その耳でじかに聞くことはできなかった あなた。

・・・・ああ,あなたに教えてあげたい。
あなたが実家のクローゼットにしまっていたシャツを見たときに
イニスがどんなに あなたを想って 泣いたか。
Cap210_2

その死によって初めて,
イニスの心の中に 永遠の居場所を得た
あなた。
あなたの今いる場所から,感じることができますか?

もはや決して揺るぐことのないイニスの愛を。
イニスの心の中に,そしてまた,

この物語を愛する人たちの心の中に
あなたの優しい面影は いつまでも生き続けて
決して滅びることはないのです。

Cap273
 
この連載に長々とおつきあいいただいてありがとうございました。 
私にとっては特別な思い入れのあるこの物語を,
皆さまと共に語り合うことができたのは何にもまさる喜びでした。
連載は終了しますが,引き続きコメント,TBは大歓迎です。
お気軽にお越しいただければ嬉しいです。

2007年12月 8日 (土)

猫の好物

Irasuto2004_368
冬の猫は いとおしい・・・。

暑い時期は寝る時も 離れて寝る猫が

寒くなると

呼ばなくても ひっついてくるから。

日向のにおいのする猫の体を

抱きしめて眠るのは 至福の時・・・・

・・・・と,初めから話が脱線しているけど。

うちの猫の好物は,まぐろの刺身(金のかかるやつだなぁ)そんなに上等でなくてもいいのだけれど,うちは,刺身を買ってまでは食べない家だ。(そんなに好きじゃない) だから,宴会などで,自分のお膳についていた まぐろの刺身を猫用にテイクアウトすることにしている。(2,3切れで十分)

いつもは 夜の7時ごろに帰宅する私だが,飲み会があった晩は10時ごろに帰宅する。猫は匂いでわかるのか,ちゃんと玄関まで迎えに参上する。・・・・いつもの帰宅のときは どこかに隠れて出てこないときもあるのに!
011_2

    ・・・・まぐろ,ちょーだい

お目々を精一杯見開いて,
一番 可愛い表情をしてみせる。
飼い主はこの表情に弱いんですなぁ。

最近は,飲み会もフレンチやイタリアンが続いているので,10時に帰ったからといって,刺身のおみやげがあるわけではない。出迎えに出てきた猫は「まぐろは?」と言って(鳴いて)あきらめない。よって,刺身の出ない飲み会の日は,スーパーで刺身を買って帰らねばならない。

・・・・なにをやってんだか,もう。

   

2007年12月 7日 (金)

ウェディング・バンケット

C01 ウェディング・バンケットは、ゲイの青年の偽装結婚を巡るお話。ブロークバック・マウンテンアン・リー監督が脚本も手がけ,監督二作目にして、しみじみとした感動で世界中の称賛を集めた珠玉の作品。

主人公のウェイトンはアメリカ在住の台湾の青年実業家。ゲイであることを祖国に住む両親には打ち明けることができず,両親はことあるごとに、お見合いをセッティングしてくる。心臓が悪い父のことを気遣うウェイトンに,恋人のサイモンは,親を安心させるための偽造結婚を提案する。相手は不法移民で,グリーンカードが必要な 画家志望の女性ウェイウェイ。入籍の報告だけで済ます予定が,喜んだ両親は式に出席するために渡米。ウェイトンたちは、盛大な披露宴を挙げる羽目になり・・・Cap017 登場人物がみんな,この結婚についてそれぞれの思いを抱いている。偽造とは夢にも思わず,花嫁のウェイウェイを気に入って無邪気に喜ぶ両親。両親の期待や夢を壊さずに,現状を何とか乗り越えたいと思っているウェイトン。本当は,ウェイトンにカミングアウトしてほしいという思いもあるけれど彼や彼の両親のことも思いやる優しいサイモン。そして,グリーンカード目的の偽造結婚に同意しつつ,心の中ではウェイトンに惹かれているウェイウェイ。Cap020 
恋人のサイモンがいい。
彼はウェイトンとの関係では,女役なのだろうか,とても繊細で料理などの家事も彼の担当のようだ。彼はウェイトンの両親には,息子の大家として紹介され,披露宴では花婿の付き添いをつとめるが,料理のできないウェイウェイの代わりに,陰で料理をしたり,ウェイトンの両親にプレゼントをしたりと,何かと細やかな気遣いを見せる。自分が計画の発案者であるという責任感もあったのかもしれないが,「実は本当のパートナーは僕」と言う思いも感じられていじらしい。
Cap023 何とか無事に終わりそうだった披露宴も,友人たちに泥酔させられたウェイトンが,初夜の床で,ついウェイウェイと関係を持ってしまい,彼女が妊娠したことから,事態はやっかいなことになってゆく。

さすがにキレて ウェイトンを激しくなじるサイモン。英語のわからない両親の前で,彼らはウェイウェイも交えた派手な口論を繰り広げ,互いを責め合い,それぞれが傷つく。結局母親には,自分がゲイであることを打ち明ける羽目になったウェイトン。せめて心臓の悪い父親だけには秘密にと思っていたのに,英語が多少わかる父親は なんと既に事情を察していた。

真実を知った時の,父と母の反応がそれぞれ違っていて面白い。息子がゲイであることにショックを隠しきれず「一時的なものでしょ?」と嘆く母。それに答えるウェイトンの台詞は,重い響きを持って心に迫ってくる。

「違う,生れつきなんだ。これまで秘密にしてきたから,母さんたちと,喜びや悲しみを分かち合いたくても できなかった。」「僕らゲイにとっては、心を通わせ合う相手と出会うのはとても難しいんだ。サイモンは僕の宝だ。だから彼を責めないで。」

Cap026
一方,父の反応は思いもかけないものだった。彼はサイモンに,「息子をよろしく」といって,彼をパートナーとして認めたあかし(台湾では金封らしい)をプレゼントする。「知ってたんですか?認めてくれるんですか?僕たちのこと」と驚くサイモンに,同性愛にたいするコメントは一切口にせず,「君も私の息子だ」と言う父は,「知らぬ顔をしていれば,そのうち孫の顔も見れる」と穏やかに微笑む。

結局,ウェイウェイも子どもを中絶することを思いとどまり,ウェイトンたちはサイモンに「君も父親になってくれるかい」と提案する。長い滞在を終えた両親がいよいよ帰国する日,見送りのゲートで,父はサイモンに「息子よ,ありがとう」という台詞を口にする。Cap033 ゲイとして,愛する相手と生きてゆきたいと願う ウェイトンとサイモン。跡取りとしての孫の誕生を待ちわびる両親。生まれてくる子供のために,あたたかい家庭が欲しいウェイウェイ。
彼らのそれぞれの願いは,どれもパーフェクトには叶えられないけれど,五人とも,どうしても譲れない点だけは守ることができている。誰か一人だけが 我慢させられるのではなくて皆が少しずつ妥協して折り合いをつけ,痛みを分かち合っているのだ。

考えてみれば人生なんて、自分一人で生きているわけじゃなく,しょっちゅう他人の思惑と,折り合いをつけてやっていくものだ。しかし、こんなに深刻で難しい問題でも,うまく折り合いをつけることができた彼らの間には,やはり揺るぎない愛情の存在を感じる。だからこそラストシーンで,両親がともに「幸せだ」と言い合った台詞に,ほろりとさせられる。そしてリー監督が人間を見つめる時の,シビアだけど,あたたかいまなざしをも,また感じることができるのだ。
Cap041 彼らの家族は,今後もいろんな問題や波風に見舞われるだろうけれど,それでも,こんな風に互いの譲れない大切な部分を思いやり,上手に折り合いをつけながら,切り抜けていけるのならそれは,なんと素晴らしいことだろう。

ほろ苦いけれど,しみじみと優しいこの物語を見終えたとき私は,同じリー監督のブロークバック・マウンテンのことを考えていた。同じようなテーマも含んでいる あの物語。しかし,ブロークバック~の方は,誰もが互いに,全く折り合いをつけることができなかった 哀しい物語だった。

絶対の愛

Cap003 何とも不思議な物語だった。
後味がよいのか,悪いのか判断がつかない。主人公であるヒロイン,セヒに感情移入するのはかなり難しい。そもそも私はこんな風な発想で 愛をとらえたことがない。

だけど。キム・ギドクワールド特有の 抗いがたい魅力のせいか,やはり最後まで 目が離せなかった。・・・いつもながら,なんという想像力!どうしてこういう発想ができるのだろう,この監督は。これが小説であったとしても きっと時間を忘れて読みふけるに違いない。たとえ,それがどんなに荒唐無稽なストーリーに思えても。Cap001 セヒは恋人のジウを心の底から愛しているが,ジウの愛が,時と共に薄れていってしまうのではないかと恐れていた。ジウは決してセヒへの愛が薄れたのではなく,ただ,最初の頃のときめきや,新鮮さが失われただけのことなのに,セヒはまるで,被害妄想のように嫉妬に捕らわれる。もう一度,彼の愛を取り戻したいと思った彼女が 選んだ方法は,整形で顔を変え別人となって彼の前に現れ,愛を最初からスタートさせること。・・・もう,ここらからすでに私は,セヒの発想(というか,監督の発想)についてゆけなかった。Cap004 そんなんで愛をリセットしなければいけないなら,倦怠期の度に整形しなくちゃいけないじゃないか!おまけに,顔を変えるだけでなく,全くの別人としての出逢いをセッティングだなんて,うわ~~,絶対に思いつかない,そんな解決策

付き合って2年なんて,確かに互いに会話も緊張感もなくなるけどさ,まるで一心同体のような,気負いのない心地よさが生まれて,なかなかいいもんだと思うのになぁ・・・。そりゃ,時には他の綺麗な子に,よそ見することはあっても,ジウはセヒのことを ほんとに誠実に愛してくれていたのに。整形前のセヒの顔も「可愛い」と気に入っていたのに。Cap005 ジウの前から姿を消し,6ヶ月後に別人スェヒとして彼の前に現れるセヒ。ジウはスェヒに惹かれ,彼らは恋人同士になる。再び,愛する男性と,新鮮な愛情を交わすことに満足を覚えるセヒだが,ジウが実は,今でも姿を消したセヒのことを愛していると知り,愕然とする。・・・そりゃ,そうだろう。顔を変え,アイデンティティーも変えて,新しい愛をスタートさせたかった程に愛した相手が,今の新しい自分より元の自分を愛していると知ったなら。Cap013 セヒは喫茶店で,元の自分の顔のお面をかぶってジウに会う。(ここ,かなりブラック・ユーモアが効いてて笑える。この監督らしい) 真実を知って,傷つき,激怒するジウ(そりゃ,そうだよな)ここで私は,ジウの立場になって しばし想像してみた。
目の前の女性は,かつての恋人で,今も自分は彼女を愛している。顔は整形して前と別人だが,こちらもなかなか自分の好みである。変わったのは顔だけで,性格や声や体は元のまま。もちろん心も。

がジウなら,セヒを許して,新しい顔のセヒとやり直すと思う。本人に違いがないのなら,顔なんて変わったって,愛は変わらないのでは?顔だけで決まる愛なんて,愛とは言えないのでは? ・・・と思うのだけど,ジウが激怒した気持ちもわかる。自分の愛情を疑われたことは,かなりショックだったろうから。それに,こういう発想をするセヒを怖いとも思うだろう。で,ジウがお返しにとった行動とは・・・・。

これも予想外だった。なんと自分も整形し,新しい顔をセヒに知らせないのである。ジウが整形したことだけを 知らされたセヒは,近づいてくる男性は 皆ジウではないかと思い詰める。このあたりから正常心を失ってゆくセヒが哀れだ。

ラスト,負のスパイラルに捕らわれて,結局再び整形手術を受けるセヒ。彼女は再びジウの愛を取り戻すことができるのか?わからない。釈然としない。まあ,この監督の作品はそこがいいのだけど。
Cap010_2 人が人を愛する時,
愛の決め手になるのは何だろう。

もしも愛する相手の顔が,ある日全く別のものに変わったとしても,愛は はたして消えずに続くのだろうか。その人の外見に惹かれたのではなく,魂そのものを愛していれば,顔が変わっても愛は,変わることはないのだろうか。

そんな風に,これまで考えてもみなかったことを考えさせられて,喉の奥に小骨が刺さったような,すっきりしない後味の残る物語だった。何の答えも提示していないから,観賞後には悶々とするけれど,こういう切り口で愛をとらえることのできるギドク監督の物語は,やはりとても,新鮮だ。そのアクのあるところが。

2007年12月 4日 (火)

ロック・ユー!

Cap463 ヒース・レジャーの作品の中では,ブロークバックマウンテンの次に好きなのが このロック・ユー!

ブロークバック〜よりずっと前に,レンタルで観てからのお気に入り。物語の舞台は中世。騎士になりたいという夢をもった一人の男が,身分を詐称して馬上槍試合に出場し,見事試合を勝ち進んで,高貴な姫の愛と騎士の身分をも勝ち取るという,キュートな立身出世物語。(まあ,半分は御伽話に近い)Cap455 この物語の見どころは,
①馬上槍試合の 迫力
②中世の物語とロック・ミュージックを掛け合わせた斬新さ
③ヒース・レジャーの魅力
④ボール・ベタニーの名演技

ではないかと,わたくし的には思っている。
で,私が今回一番強調したいのは,もちろんヒース・レジャーの魅力!ブロークバックにはまって以来,ヒース=イニスのイメージが私の中で定着してしまっていたけど,
今回またこれを見返してみて,画面に向かって叫んでしまった。
Cap450 やっぱりヒースって美しい~! (このときはもっと若いし)
それにスタイルと姿勢がいい〜!(イニス=前かがみ)
おまけに,ダンスもうま〜い。(イニス=不器用)
で,やっぱ女性愛せるのねー(イニス=・・・・・)

まあ,姫役の女優さんは,スタイルはともかく,お顔の方は「なぜにこの方?」とやや不満だったんだけど。もっと綺麗な方,芸能界にいっぱいいらっしゃるのに・・・。
Cap410 この姫,髪型もアヤシイ・・・。
ダンスのシーンでは,ヒースが群衆の中でも ひときわ背が高くって踊りも優雅でセクシー ターンする足さばき,すっと伸びた背筋。おおお~洗練されてる!この人って,本当はこんなに華があったんだ!ブロークバックの後に見たから,余計にそう思って,涙がでそう。(もちろん,不器用で無口なイニスも 大好きだけどね。)
Cap441 さて,お次はポール・ベタニー。彼は文筆家のチョーサーの役で,ヒースたち一行と共に 槍試合選手権の旅に同行し,ヒースの紋章官を務めるのだけど,その口上が何とも素晴らしい。美辞麗句を自在に操り,にわか騎士のためにでっちあげた功績を,大げさな抑揚と身振りで,立て板に水とまくし立てる。私はこのシーンが好きで,ここだけ何度も巻き戻して観た。
Cap403 ポール・ベタニーのルックスには私は萌えないけれど,演技には萌える。新しい役を演じる度に、全く違った顔を見せてくれるから,この人。(一番好きなのは,マスター&コマンダーの船医マチュリンの役。)

この作品、お話は別にひねりがあるわけじゃないし,
姫の顔がいまいちとか,「飢えてるんだよ!」という相棒の従者がその割りにはコロコロに太ってるとか,ヒースの新しい鎧のロゴがナイキとそっくりだとか,いろいろ楽しい突っ込みどころもあるけど,登場人物が敵役のアダマー伯も含めて,みんな魅力的(姫以外は)だしテンポはいいし,とてもキュートで鑑賞後に心地よい余韻の残る佳作です。

あーそれにしても,ヒース,素敵♪だった。若いしね,この頃(しつこい) 今も もちろん素敵・・・ですよ。Heath_ledger_07






・・・・オマケ

2007年12月 3日 (月)

フランシスコの二人の息子

Cap369
なんてパワフルで愛すべき物語だろう。
鑑賞後に 心地よい余韻の残る作品はたくさんあるけど,この作品からは,まるで大地のような素朴な力強い温かさを感じる。これは,ブラジル音楽界きってのトップ・アーティスト,ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノの半世記を綴ったもの。彼らの父フランシスコが,息子たちをミュージシャンにするまでの物語だ。

彼らの故郷は,ブラジルのゴイアス郡の とある田舎の村。今の時代と思えないほど,本当に何もない,電気さえない,(学校さえ初めはなかった)素朴なブラジルの農家の暮らしに まず驚いた。フランシスコはこの村の貧しい小作人で,音楽をこよなく愛し,家の中はいつもラジオから流れる歌声が満ちていた。

彼は,長男のミロズマルと次男のエミヴァルを,うだつのあがらぬ小作人で一生を終えるのではなく,カントリー・デュオの歌手にしようという夢を抱く。そしてフランシスコ父さんは,食べていくのが精一杯の暮らしなのに,無理してでも子供たちにアコーディオンとギターを買い与える。
Cap363
面白いなあ,と思ったのが,フランシスコ父さんは音楽好きだけど,音楽を教える手だても,才能も全くないこと。どうやって教えるのだろう?と思って見ていたら,毎朝ナマタマゴを丸飲みさせてひたすら歌わすとか,ものすごい自己流。楽器に至っては,兄弟たちは まったくの独学で習得したから凄い。やはり,四六時中ラジオでも何でも,音楽を聴いて育つと,音感もよくなるのだろう。いや,こんないい加減な方法でも芽が出たのは,やはり生まれつきの才能だろうなぁ。

二重唱のことをデュエットというけど,ブラジルではこのデュオが人気の音楽なんだって初めて知った。二人の兄弟が歌うカントリー・デュオは,セルタネージョという,情緒的な旋律と,郷愁を誘う歌詞の音楽。ミロズマルもエミヴァルも,演技は初体験の少年たちというから驚く。歌は本人たちが歌っているのだろうか。

Cap356_2
映画「コーラス」のモニエ少年の声の魅力は,透明感と清らかさだったが,こちらのミロズマルの声の魅力は,込められた情熱と艶だ。どちらも一度聴いたら忘れられないくらい,見事な声である。特にこの兄弟のデュオは,力強い主旋律の兄の声に,弟の声がぴったりと寄り添って,まるで一つの声のように豊かに響き渡るのが心地良い。

村の祭りのイベントでのステージ。家計を助けるためのバスターミナルでの路上ライブ。エージェントのミランダに連れられての巡業。兄弟は様々な体験を通して確実に才能を伸ばしてゆく。音楽で身を立てるというのは,確かにフランシスコ父さんの意志でスタートしたのだが,ミロズマルもまた,音楽に対して,並々ならぬ愛と情熱を持っていたと思う。歌っているときの,そしてアコーディオンを奏でているときの彼の幸せそうな顔や,聴衆に認められ,父さんに喜ばれた時の誇らしげな顔を見ていると,フランシスコ父さんが息子のために選んだ道は,間違っていなかったんだなと思った。

それでも,この一家の上に次々と悲劇は襲いかかる。貧困,病気,自分の選択が子供たちにとってよかったのかという親の迷い,・・・・そして最大の悲劇はエミヴァルの事故死

ええ~?兄弟の片割れが死んじゃったらどうなるのよー
と,我が目を疑った。兄に比べたら,嫌々ながらこの道に進んだところもあった,ナイーブなエミヴァルが哀れだった。フランシスコ夫婦の嘆きと,片方の翼をもがれたようなミロズマルの哀しみ。音楽を捨て去る決心までするミロズマルだけど,時が心の痛みを癒すと共に,再び彼はアコーディオンを手に取れるようになる。そうそう,辛いだろうけど,アナタには音楽があるのよって,フランシスコ父さんに代わって言ってあげたくなった。
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で,エミヴァル亡き後,現在活躍しているゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノって,ミロズマルと,一体だれ?と思っていたら,10歳も年下の弟のウィルソンが後釜をつとめたわけで。それでも,初めはレコードの出版のめどがたたなくて,失望と挫折の苦しみを味わっていた彼らに,道を開いたのは,やはりこの時もフランシスコ父さんだった。

息子への愛と,不屈の精神と,型破りのアイデアが炸裂。
知人や通りがかりの人や同僚にコインを渡して息子の曲をラジオにリクエストさせる作戦。給料を全部コインに替え,してやったりと笑うフランシスコ父さんからは,いささか過保護で強引だけど,今の日本ではお目にかかれなくなった,
アツイ父親像の魅力を感じた。

最後に,ご本人たちのライブの様子も収録されてて,その聴衆の多さと熱狂ぶりに度肝を抜かれたが(ホントにカリスマ的なアーティストになったのね・・・・)ここに至るまでの彼らの決して平坦ではない道のりを今一度思い返すと,やはり熱い感動がこみ上げてきた。

ミロズマルが夢を叶えるために,ひたすら前進できたのは,フランシスコ父さんの執念や,エレナ母さん,弟妹たちの支えがあったから。物が豊かになった国では,忘れ去られがちな家族の絆や,家長としてのありかたを,この映画で見せてもらえた気がした。

余談ですけど,フランシスコ父さんも,ミロズマルも,エミヴァルも,(実物じゃなくて,役者の方ね)とても美形でした。

2007年12月 2日 (日)

ゲイネスって?/ブロークバックマウンテン番外編1

こんな記事を読んだので・・・・
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えー,次回の(20)でこの連載は,一応終了の予定ですが,昨日買って読んだ 映画雑誌の中に,とても興味深い記事があったので,ご紹介したり,皆さんの意見も伺いたくて番外編なるものを付け足してみました。皆さんもご覧になったかもしれませんね。

これ,この映画がすごい!って雑誌で,辛口の映画評論とか,スターのゴシップが,ユーモラスな(ほとんど毒舌かも)語り口で紹介されていて,私は結構好きで,時々これで情報を仕入れるんですが,1月号の特集の中に,いじわる オカマ監督というのがありました。(なんか,失礼なネーミングですが,この雑誌はこういうインパクトの強い見出しをつけるんですよー)

それで,内容を要約すると,映画界にはゲイの監督(カムアウト済み)の方が多いそうで,(たとえばフランソワ・オゾン監督とか,ガス・ヴァン・サント監督とか,ブライアン・シンガー監督とか。)彼らは女性のいや〜な部分を描くのに長けているんだそうです。それがゲイ的な感性であると。

作品中に登場する女性は,添え物的な存在だったり,不幸な目にあったり,醜い面を,とことんさらけ出したり・・・。理由は,彼らは女性の美しさに対して別に甘くなったりしないから,かえって女性を観る目が厳しいからですって。女の厭な面も,熟知している(自分の中にもあるから?)し,それを描くのに遠慮なんかしないらしい。この記事を書いたライターさんもゲイの方らしくて,妙に説得力がありました。
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私は上記の監督さんの作品,あまり観てないのでどうとも言えないのですが,その記事には,「ノンケの監督さんの作品の中にも,ゲイ的な感性(オンナに厳しい)を持っている作品がある」とあって,(ゲイ的な感性=オンナに厳しい,かどうかは私は確信ないんですが)その,ノンケが描く至高のゲイネス(ゲイ的感性のことを勝手にこう呼んでる)の筆頭にリー監督のBBMが挙がってました。

・・・ゲイネスを持った監督の筆頭株がアン・リー。ノンケなのに,男のかわいさ,女の汚さを描かせたら,天下一品。「ブロークバックマウンテン」は,女さらけ出す主人公の嫁たちに注目を。(←本文より抜粋)・・・だって。うーん,リー監督ってそうかなあ?男のかわいさを描くのが天下一品ってことは深く同意しますけど。
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確かに,アルマやラリーンは,常識で考えたら,彼女たちの方が同情されてしかるべきなのに,大多数の方がイニスたちの方に感情移入してしまったのは,彼女たちが嫌な女に見えたから・・・?ではなかったな,私の場合は。

私は単に,イニスとジャックに肩入れしてしまって,彼女たちの悲しみにまで目がいかなかっただけなんだけど。でも,リー監督,たしかに,夫にコケにされた場合の女心の細かい襞のすみずみまで,描いてくれましたね。鬼気迫るほどに。

これは,妻たちを演じた二人の女優さんの名演もあるのだけど,イニスに向かって不満を募らせていくアルマなんて,客観的に観たら,ほんとに醜い表情を惜しげもなくさらけ出していました。でも,この物語の場合は,「だから女って嫌なのよね」という感情は起きず,かえって痛々しさを感じましたね,私は。
Cap323
ラリーンの,お高くとまっているようでも,内心に孤独を抱えていて,プライドの鎧でそれを隠してる様子も,ひたすら哀れに見えました。

リー監督は,ゲイネスを持ってらっしゃるかどうかは知りませんが,女性的な感性を持ってらっしゃるなあ,とは思います。女性の気持ちをよく知ってますね。(←何故だ?)でも,彼の他の作品を観ても思いましたが,女性に向けるまなざしは,あたたかいと感じましたが,どうでしょう?

それに,気になるんですが,ゲイの方って,ホントに女性を観る目は厳しいものなんですか?・・・すみませんね,変な記事で。

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