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2007年11月11日 (日)

リプリー

Cap015 言わずと知れたあの名作太陽がいっぱいのハリウッドリメイク版。グッド・シェパードを観て、マット・デイモンの作品が観たくなり,これを思い出した。

秘密を抱えた,裏のある男を演じさせたら右に出るもののないマット。彼の作品の中でも、私はこれが一番好きかもしれない。アラン・ドロンが演じた,悪の香り漂う美しいトム・リプリーの印象が強烈すぎて,地味顔のマット・デイモンはミスキャストだと言われもした作品である。

しかし,「太陽がいっぱい」のトムと、この「リプリー」のトムとでは,人物像がまるで違うしテーマも違う別物となっているので,比較しないで観る方がいいのかも。Cap005_2 これは,貧しい青年トム・リプリーが,いかにして犯罪者になったかという,哀しく救いのない物語だ。ドロンの演じたトムが,富豪の息子ディッキーを殺したのは,激しい嫉妬や歪んだ野望のためだった。しかしマットの演じたトムは,もっと繊細で,複雑な人物として描かれている。

ディッキーとの出逢い

これがすべての始まりだった。

Cap006
金持ちの御曹司のディッキーは,まばゆいばかりの美しさと,どんな人をも 一瞬で虜にするほどの,明るく生き生きとした太陽のような魅力を持つ人間だった。

ディッキー役のジュード・ロウは,この作品では ことに美しく,金持ち人間特有の,華麗で,やや傲慢な魅力をふんだんに漂わせている。突然目の前に現れたトムを,まるで旧知の親友のように大切にするディッキー。ディッキーの魅力と,上流社会の華やかな生活に酔うトム。彼は,ディッキーの好意が,金持ち特有の一時の気まぐれであり,飽きると途端に冷めてしまうものだと知りもせずに,有頂天になる。

ディッキーに対して友情を超えた憧れを抱き,彼とともに生きる人生までを夢見るトム。このときの彼は,ディッキーのことを,紛れもなく愛していたのであって,傷つけたいとか,殺したいなどとは,夢にも思っていなかったろう。
Cap027 しかし,アメリカから,傍若無人の友人フレディが現れてからは,トムに飽き始めたディッキーは,次第に彼を疎ましがるようになり・・・・。
君は退屈だ。まるで寄生虫だ。もううんざりなんだよ。

愛を拒絶され,侮辱されて,我を忘れたトムは,思わずディッキーにオールを振り上げる。その後,ディッキーの反撃を過剰防衛するような形で,第一の殺人が起こる。茫然自失状態で,ディッキーの亡骸を抱きしめるトム。
Cap023 この殺人の原因が,憎しみではないところが,オリジナルと大きく異なる。これは拒絶された愛が引き起こした悲劇に他ならないのだ。

しかし,その後の彼の行動は,紛れもなく犯罪の様相を帯びてくる。ディッキーになりすまし,彼の財産を使って優雅な暮らしを始めるトム。これも,オリジナルと違って,最初から意図していた行動ではなく,ホテルのフロントマンが,彼をディッキーと間違えたことが,きっかけになる。

ここで,彼のその後の犯罪行動を決定づけたのが,タイトルにもなっているリプリーの才能。その才能とはつまり,人真似,サインの偽造,嘘をつくこと。・・・こんな呪われた才能を持ってなければ,その後の犯罪は起こらなかったろう。不幸なことに,彼にはその才能があり,運もまた,彼にことごとく味方した。

トム・リプリー。彼はなぜ,ディッキーになりたいと思ったのだろう。一度垣間見た,裕福な暮らしの味が,忘れがたかったのか。・・・・もちろんそれもあっただろうけれど。

彼は自分のアイデンティティーを
変えたかったのではないか。


トム・リプリーとしての自分を受け入れ,肯定することができなかったのだ。トムの歩んできた道は,孤独で惨めな,まるで影のような人生。一方ディッキーのそれは,燦々と輝く光のような人生だ。トムはどんな代価をはらっても,光になり代わりたいと切望した影だったのか。

Cap039_2
第二の殺人は,第一の殺人の発覚を防ぐために行い,こうしてトムは,つぎつぎと嘘と犯罪を重ねてゆく。もはや後戻りはできないと悟ったときに,思いがけず彼に訪れた本当の愛彼をトム・リプリーとして愛してくれる,ピーターとの心癒される関係。

過去を消したい。秘密を隠した地下室の鍵を誰かに預けたい・・・。ピーターの優しさに触れたトムは,いつしか叶うことのない望みを抱く。これまでの二度の殺人は,彼にとって幸運なことに発覚せず,ディッキーの自殺偽装も成功したトムは,今度こそトム・リプリーとしてピーターと生きる決心をしたその矢先に・・・・。

第三の殺人が一番痛ましかった。
まるで運命の裁きのように,彼は再び,自分の犯罪隠匿のために,ピーターを手にかける道を選ぶのだ。決行する前に,ピーターに尋ねるトム。「トム・リプリーのいい所を言ってくれないか?」トムの様子に戸惑いながらも,ピーターは驚くほど沢山のトムの長所を挙げてゆく。「トムは才能豊かだ,トムは優しい,トムは美しい。」・・・・。そして彼は言葉を続ける。「悪夢にうなされるトムが可哀想だ。秘密をうちあけてほしい」と。

何という,哀しい皮肉だろう。ピーターのように,ありのままのトムを愛してくれた人は今までいなかった。もし,ディッキーより先に,ピーターと出逢っていたら,トムの人生は,全く別のものになっていたかもしれない。むせび泣きながらピーターの首を絞めるトムが,あまりにも哀れだった。
Cap045トム・リプリー。
何と愚かな,そして何と哀しい人間だろう。
たった一人で船室に座るラストシーンの彼の瞳の暗さ。その姿は,秘密を封印した地下室の中で 悪魔と二人きりで,底知れぬ闇を見つめているかのようだった。
Cap048
彼がピアノで奏でていた哀愁ただよう曲は「カインのための子守歌」。カインは,旧約聖書の創世記に登場する,人類初の殺人犯である。彼は,自分の捧げものが,神に受け入れられなかったという理由で,神に受け入れられた弟アベルを,妬みから打ち殺してしまう。そのためにカインはその地を追われ,呪われた放浪の旅を科せられる。トムもまた,その生涯を,呪われた孤独な犯罪者として生きていくのだろうな。

オリジナルの「太陽がいっぱい」は,紛れもなく傑作なのであるが,私はこの「リプリー」の方が好きだ。そしてまた,「ボーン・シリーズ」のマットもよいが,私にとっては,やはり一番心を揺り動かされるのは,このトムを演じたマットである。

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コメント

ななさん、こんばんは。
またお邪魔させていただきます。
私もマット・デイモンの「リプリー」は印象深いです。罪を隠すために罪を重ねるリプリーが痛々しくて。
唯一の理解者が現れたと思ったのに、その彼をも手に掛けなければならないほど追い詰められていたリプリーが哀しすぎます。
映画を見た周りの人達には「マット・デイモン、気持ち悪い~、ジュード・ロウ、美しい~」と言われてしまいましたが(汗)、私も「リプリー」のぐいぐい引き込むようなマットの演技は素晴らしかったと思います。
時々、TV放送で見直す度、しんみり...。

ミツさん いらっしゃいませ
コメントありがとうございます。
これは,切なかったですね。どうしてもアラン・ドロンのトムの印象が強くて,マットは気持ち悪いと言われても仕方ないのですが,光にあこがれる影の役なら,トムが冴えない男である方が理にかなっているんですね。そしてトムがあこがれた相手のディッキーは,強烈な魅力の持ち主でなければいけないので,ジュードでよかったと思います。
それにしても,この作品のジュードは,人間離れした美しさでした。まだ自前の毛も残ってたし,まるで動くギリシア彫刻のようでしたね。
マットの演じた役はとても難役なのに,見事に演じたと思います。ピーターの優しさが切なすぎました。ピーター役の俳優さん,パイレーツ・シリーズで,キーラに振られる提督さんですね~。あの役はともかく,このピーター役はとても心にのこりました。

こんにちは~~

私も『リプリー』好きです。
『太陽がいっぱい』は、アラン・ドロンの美しさに、まだ人を見る目も養っていなかった少女?の私は、絶句してしまったほどです。
本当に美しすぎました。。。

でも、マットはそんなに美しい人ではないのに(ゴメンよ~マット)あの蒼いのに、暗い瞳が心に訴えかけてくるんです。
実は、この作品観たのは“ジュード祭り”だったんですが~ マットにやられました(笑)
彼は見た目とは裏腹に(ゴメンよ~マット)、繊細な演技が素晴らしいんですよね。

『リプリー』何度も観たい作品のひとつです。

※ピーターって彼でしたか~・・・あ~~そっかぁ・・・

マリーさん こんにちは
マリーさんもリプリーがお好き?
アラン・ドロンの「太陽がいっぱい」も,ドロンの酷薄そうな美貌と,ニーノ・ロータの音楽で,語り継がれる名作となっていますが,パトリシア・ハイスミスの原作に忠実なのは、「リプリー」の方だそうです。
マットは繊細な内面を表現するのが巧いです。世間は今,「マット祭り」かもしれませんね。話題作が続いていて。私は祭りをするほどマットのファンではありませんが,彼の作品は必ず観るようにしてます。巧いので。
ピーター・・・。実はこの物語の中で一番好きなキャラはピーターです。こんな優しい人いないんじゃ?だからラストは泣けましたね。
パイレーツでちょっと顔が売れましたかね?

  こんばんわ~
 最近ほんとにマットが注目されてる気がしてならないんですが、「グッドウィルハンティング」(大好きな作品!)以来、彼の作品は15本見ておりました、もちろん「リプリー」も見ましたが、(「ふたりにくぎずけ」は見てないので見たい作品です))確かにマットは良かったですが、ただジュードが輝きすぎてて・・・、もうジュードにクギずけでした、(マット完敗?)ただジュードが死んでからはマットの演技にクギずけでした!
 原作ではトム・リプリーは同性愛者として描かれているらしい?ですね、確かに「太陽がいっぱい」より「リプリー」の方がその匂いプンプンでしたね、さすが芸達者なマットです! 

イニスJrさん こんばんわ~
イニスさんもマットお好きでしたか。
なんか,好きなものがホント似てますね~。
「グッドウィルハンティング」も大,大好きです。あれでマットの演技力に注目し始めたんですよ。
ボーン・シリーズも大好き,名前ど忘れしたけどゴルフ選手の物語とかもよかった。(~の伝説っていう題?)ディパーテッドだけは,オリジナルのファンだったので,あんまり?でした。(でもあれはマットのせいじゃなくて,脚本がまずかったと思う)
ジュード!この作品のジュードは,本当に美しかったです。容貌だけでなくて,彼の仕草や台詞など全てが,すごく魅力的で,これは男女を問わず彼に魅せられるだろうなあ,とわたしもくらくらしながら観てました。記事用の画像をDVDから取る時,どの場面のジュードも完璧に美しいので,迷ってしまったほどです。
「リプリー」は完全に同性愛者のお話ですね。
トムも,ピーターも同性愛者だったと思います。
肉体的な絡みはなくとも,同性を愛する心を完璧に演じたマットは今更ながらすごい役者さんですね。

 ななさんとは好きなもの合ってますよね、僕も「グッドウィル・・・」は非常に好きな作品です、
 あと「ヴァガーバンスの伝説」ですね、ストーリーはほとんど忘れましたが、映像きれいでした!ウィル・スミスと共演でしたね、マットはいい俳優たちとも共演し、チャンスを掴んでる感じですね、さすが賢い!「ディパーティド」ではマークより良かったのに何故にオスカー候補になれなかったんだろうか?コメディからアクション、シリアスと何でもこなす、いい俳優だと思います、「シリアナ」は好きです、マットの役も徐々に気持ちが変化するところは良かった~、見方によっては退屈な「ジェリー」と「すべての美しい馬」も見ましたよ~、「ボーン」シリーズは2作目の方が好きです。

イニスJrさん
そうそう,「ヴァガーバンスの伝説」でした。マットは,たしか高学歴ですし,脚本も吟味して,自分で納得したものしか出てないような気がします。
「ディパーテッド」は,オリジナルがよすぎたので,かえってオリジナルには登場しなかったマークの役の方が目立ったのかもしれません。
「シリアナ」は,きっとマットはよかったと思うけれど,なんせ最初の10分で見るのをやめたので・・・・。「ジェリー」は未見ですが,「美しい馬」は見ました。あと,「戦火の勇気」とか「プライベートライアン」とか。「ブラザーズ・グリム」は,ヒースも出るから,劇場まで行きました。ストーリーが案外面白くなかったけど,マットもヒースも堪能できた作品でした。
ボーンシリーズは,私は1の方が好きかな?3作目はきっと劇場には行けないと思うけれど,どんな仕上がりになってるか楽しみです。

マットつながりで、こっちにもコメント入れさせてもらいます♪
「太陽がいっぱい」が好きで、アラン・ドロンも好きな私としては、この作品のトム・リプリー、つまりマット・デイモンは憤懣やるかたないというか・・・たとえ原作に近いのはこちらだとわかっていても、すべてブチ壊しだ!と観た当時は思っていました(笑)。あと、そのときはジュード・ロウのファンだった(過去形・・・)ということもあり、ジュードが殺されてしまってからの1時間は非常に長く感じた記憶が・・・。
ちなみに「太陽がいっぱい」ではトム・リプリーの破滅を暗示して映画は終わりますが、本来は逃げ延びるんですよね。そして、この「リプリー」の続編も作られていますが、主役を演じたのはジョン・マルコビッチ・・・。アラン・ドロン→マット・デイモン→ジョン・マルコビッチ・・・。トム・リプリー、えらい変わりようです(笑)。

ちなみに、作品選びに定評のあるマット・デイモンですが、私はどうしても「ドグマ」だけは納得いきません。調べてみたら「リプリー」と同時期の頃の作品なんですよね。両極端な作品です・・・。

mayumiさん,こちらにもコメントありがとうございます。
さすがmayumiさん,いろいろお詳しいですねー。
ジュードファンなら,ディッキーが死んでからは急に画面が翳ったような感じがしたでしょうね。
彼の魅力も,この作品の大きな見どころでした。この頃のジュードは本当に美しかったです。
そうそう,「太陽が~」では,トムは犯罪が発覚するという終わり方。あの終わり方もとても印象的でした。「リプリー」の続編,レンタル屋で見かけましたが,マルコビッチ?と思ってスルーしてしまいました。マットが主演なら借りていたと思いますが。
>アラン・ドロン→マット・デイモン→ジョン・マルコビッチ・・・。
確かに,逃亡の身だから,整形でもしたのかと思うくらいの変わりようですね(笑)
「ドグマ」は,未見です。マットでも作品選びに失敗することがあるのかな?

こんばんは♪
私はジュードが大好きなのです~。
この作品当時のジュードは本当に美しかった!
生え際はもうヤバめでしたけど(笑)
パスポートの写真を細工するところで、どうあがいてもマットはジュードに見えんだろう?とツッコミを入れてました。
「太陽がいっぱい」よりも同性愛の匂いが出ていて原作に近かったようですね。

ミチさん こちらにもコメントありがとうございます。
私はこの作品のジュードと,「スターリングラード」のジュードが一番好きかな?美しい,という意味では。
反対に演技力凄い!と思ったジュードの作品は,トム・ハンクス親子を執拗に追う気持ち悪い殺し屋カメラマンを演じた作品(名前が出てこん)と,セックスロボットを演じた「A.I.」です。
そうそう,あのパスポート,あれはないよね~。マットはジュードには見えませんよー。それを気合いで押し通すから凄いね,リプリー。

ななさん、こんばんは!
TBありがとうございました。この頃は小さなマット祭りだったのですね。(笑)
実はわたしはななさんが本作を見返すきっかけになった「グッドシェパード」はまだ観ておりません。
やはり「ジェイソン・ボーン」の印象が強すぎたので、もう少し後でと思い、結局まだ未見なままに・・・・
トム・リプリーにじっくりと迫った本作をとても丁寧に観賞されて、監督が言いたいことを全て受け止めているレビューだと思いました。拍手!
これを機にわたしは「太陽がいっぱい」もじっくりと見てみたいと思います。
ジュード・ロウ美しいのですが、「A・I」のジゴロ・ロボットを見て噴出してしまったことは遠い昔・・・・(笑)

しゅぺる&こぼるさん,こんばんは
そうなんですよ~,この頃はちょっとしたマット祭りで。
「グッド・ウィル・ハンティング」以降,」マットは好きなんですが
このリプリーのマットって好きですね~
いくらジミー大西に似てると言われようとも。(^-^;
「グッドシェパード」のマットもお勧めですので,また観賞してくださいね!
」太陽がいっぱい」も,これと比べることができないくらい魅力のある名作ですよね~。
また別の魅力があるかと・・・。
解釈が違いますし,なんと言ってもアラン・ドロンが・・・
>ジュード・ロウ美しいのですが、「A・I」のジゴロ・ロボットを見て噴出してしまったことは遠い昔・・・・(笑)
あはは,思い出しました。私もあれを見た時は,「ジュードってどんな役も断らないんだね~」と尊敬しましたわ。

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