サン・ジャックへの道
サン・ジャックへの道,それはフランスからスペインまでの巡礼路のこと。ル・ピュイから,サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの遍路道は,ピレネー山脈やカスティーリャ平原を越えて1500㎞も続く。日本では,お遍路仲間というと,信心深い善男善女の集いのように思うけれど,この物語の巡礼仲間はひと味違う。
まず,主要な登場人物は,仲の超悪い三人兄妹。長男のピエールは会社社長で裕福だが,アルコール依存症の妻を持ち,彼自身も,薬に頼り切った生活をしている。長女のクララは,公立高校の教師。失業中の夫と子供を抱え,男顔負けの毒舌とパワーを持つ猛女である。次男のクロードは,万年無職で酒浸りの いい加減な男。
とにかくこんなに仲の悪い兄妹見たことない。
不満たらたらのピエール。何かにつけて好戦的なクララ。飄々としているが,やることはかなり自分勝手で無計画なピエール。いつから仲違いしたのかは知らないが,三人が三人とも幸せそうには見えず,寄るとさわると,互いを当てこする台詞をぶつけ合う,何ともトホホな関係の兄妹なのである。
こんな三人が,なぜ2ヶ月もいっしょに投宿する徒歩巡礼に参加したかというと,彼らの母親が「そうしなければ遺産はやらん」という,世にも珍妙な遺言を残して世を去ったから。
一緒に旅をするのは彼らの他に,気軽なハイキングのつもりで参加した女の子ふたりとアラブ青年二人。加えてなにか訳ありに見える美しい熟年女性のマチルドと,彼らを率いるガイドのギイの,総勢9人。何かというと口論の絶えないピエール兄妹に辟易しながらも,一行はギイに導かれて,石ころだらけの険しい山道や,どこまでも続く黄金色の平原を進んでゆく。 ガイドのギイがいい。
こんなにハードで不便な旅。おまけに気心の知れない集団を,宥めたりすかしたりしながら,目的地まで責任を持ってガイドする。家には,病気の子供と浮気な妻を持ち,家族への心配で,気もそぞろの時もあるだろうに,生活のために 弱音を吐かずに頑張っている。
「家に帰りたい!」と泣き言を言うピエールに,「私だって帰りたいけど我慢してる!」と言ったギイの言葉は心に沁みた。
2ヶ月もの間の文明社会から隔離された不便な旅は,否応なしに,互いの心を近づけずにはおれないだろう。・・・だって文字通り同じ釜の飯を食べるんだし。
人生も下り坂にさしかかった男女は,皆それぞれが何らかの悩みや痛みを抱えているわけで,はじめはぎくしゃくしていた見知らぬ他人同士でも,同じ空気を吸い,同じ苦労を分かち合ううちに,少しずつ自分のことを語り始め,相手のことも理解しようと,互いに歩み寄るようになる。・・・それが旅の効果というものだ。
なかでも心温まるエピソードは,失読症の青年ラムジィにクララが読み書きを教える場面。ラムジィの母親思いの心にほろりとさせられると同時に,クララの教育者としての熱意や彼女の中に眠っていた優しさや包容力が,ラムジィの純粋さによって目覚めていくのを目にして,心がほんわかとなった。
2ヶ月という長い長い巡礼の時を経て,彼らの心はゆっくりと変わってゆく。劇的な和解や,号泣を伴う感激があったわけではなくそんな,わざとらしい激変でないところがまたいい。不満と愚痴の中で生きていたピエールが得た達成感や,仲間を思う気持ち。母を亡くしたラムジィに対し,親身な感情を抱くクララ。おそらく最も仲が悪かったと思われる,この二人の心の距離は,旅の終わりには,ごく自然と 前よりは近づいていたことだろう。
選び抜かれた台詞が秀逸だ。時に笑わせ,時にじーんとさせてくれる。人生のささやかな喜怒哀楽が,過不足なくごく自然にちりばめられている。そんな爽やかな後味の残る,とても素敵な作品だった。
« ブロークバックマウンテン(15) | トップページ | ゾディアック再見(ジェイク編) »
「映画 さ行」カテゴリの記事
- THE BATMAN ザ・バットマン(2022.04.24)
- 最後の決闘裁判(2022.01.31)
- ジョーカー(2019.12.12)
- ジュラシック・ワールド/炎の王国(2018.08.02)
- スリー・ビルボード(2018.02.14)
コメント
トラックバック
この記事へのトラックバック一覧です: サン・ジャックへの道:
» サン・ジャックへの道 [銀の森のゴブリン]
2005年 フランス 2007年3月公開 評価:★★★★☆ 原題:Saint J [続きを読む]
» 「サン・ジャックへの道」感想 [ポコアポコヤ 映画倉庫]
退屈な映画かなぁ・・と少し心配したものの、大事件が起こるという訳ではないものの、小さな?事件や衝突などがあったり、旅を続けて行く中、気がつくことや、変わって行く部分など、面白く見ました。4つ☆
... [続きを読む]
» サン・ジャックへの道 [シャーロットの涙]
フランスからスペインへ1500km
世界遺産を舞台に心の旅の爽やかなウォーキングムービー [続きを読む]
» 「サン・ジャックへの道」 [It's a wonderful cinema]
2005年/フランス
監督/コリーヌ・セロー
出演/ミュリエル・ロバン
アルチュス・ドゥ・バンゲルン
ジャン=ピエール・ダルッサン
しみじみと、いい映画でした。好きだなあ、こういうの。
母親の遺産を相続するため、険悪な仲の3兄弟ピエール、クララ、クロードは聖地サンティアゴまで一緒に巡礼しなくてはならなくなる。彼らの道中にはそれ以外にもアラブ系の失読症の少年や女学生、病と闘う女性などが加わるのだが・・・というお話。
いがみあっていた3人が道中、... [続きを読む]
» #58.サン・ジャックへの道 [レザボアCATs]
旅の力、っていうものに、強い吸引力を感じている自分がいる。普通に暮らしている時の日常での出会いとは違って、そこで会った見ず知らずの人達とは、不思議と妙に意気投合したり。誰かと一緒に旅をする、その時に、いつもは話せない、心の奥にある思い、というものを、なぜ....... [続きを読む]
» 「サン・ジャックへの道」 [心の栄養♪映画と英語のジョーク]
サン・ジャックへの道ハピネットこのアイテムの詳細を見る
仲の悪い3人の子どもたち、長男ピエール、長女クララ、次男クロード。ある日、彼らのもとに
亡き母の遺言書が届く。そこに遺産相続の条件として、フランスのル・ピュイからスペインの
西の果て、キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(サン・ジャック)まで1500kmにも
及ぶ巡礼路を一緒に歩ききること、となっていた。嫌々だったが、遺産欲しさに巡礼路のツアーに
参加する。彼らと2ヵ月の長旅を共にするのは、イスラムのメッカへ行けると勘違いしたアラブ... [続きを読む]
» mini review 07274「サン・ジャックへの道」★★★★★★★★☆☆ [サーカスな日々]
キリスト教の聖地サンティアゴへの巡礼の道のりを、ひょんなことからともに旅するはめになった男女9人の心の交流を描くヒューマンドラマ。それぞれに問題を抱えた登場人物たちが、一緒に歩くことで自身を見つめ再生してゆく姿を、『女はみんな生きている』のコリーヌ・セロー監督がユーモラスに描く。出演は『アメリ』のアルチュス・ドゥ・パンゲルン、『ダニエラという女』のジャン=ピエール・ダルッサンら実力派が結集。世界遺産の巡礼路の美しい景色に心癒される。[もっと詳しく]
現在に「巡礼」の意味があるとするなら。
奇妙... [続きを読む]
今晩は TBありがとうございます。
3人の兄弟の個性が際立っていますが、ギイとラムジィの存在も大きいですね。この二人がいなければ3人の関係の変化も微妙に違っていたかもしれません。
毎日何かに追われるような生活をしていると、こういう映画が身にしみてきます。久々に観たフランス映画でしたが、フランス映画独特のタッチと香りが心地よい映画でした。
投稿: ゴブリン | 2007年11月 2日 (金) 01時31分
ゴブリンさん こちらこそTBとコメントありがとうございます。
実はたった今お宅におじゃましていたところです。
そうそう,私も毎日仕事に追われる身ですが,
たまには徒歩でのんびりと旅をしたくなりました。
ギイとラムジィは,この兄妹の心を変える
キーパーソンになっていたと思います。
フランス映画の持つ,やりすぎない演出が,
とてもいい効果を醸し出していましたね。
これからもよろしくお願いします。
投稿: なな | 2007年11月 2日 (金) 01時51分
ななさん~こんにちは(^O^)
この映画、わざとらしい処が無く、じわじわと感動というか、心があったかくなる映画でしたね♪
私もラムジィ君に根気よく言葉を教える長女のエピソードが良かったです~。
でも、色々と他にも、共感出来たり、笑えたり、ちょっと感傷的になったりする部分やセリフが散りばめられてましたね^^
投稿: latifa | 2007年11月 2日 (金) 08時49分
latifaさん こんにちは
TBもありがとう。
長く生きてると,みんなそれぞれ重荷を負ってるんですね。
なんだかしんみりしながらも,笑えるシーンもたくさんあって
冒頭からぐいぐい引き込まれてしまいました。
フランスでは巡礼ブームだとか。
あんな景色のよいところ,一度は歩いてみたいですね。・・・ちょこっとだけ。
投稿: なな | 2007年11月 2日 (金) 10時07分
こんにちは。
歩くのがキライな私でも(笑)こんなに素敵な背景をバックに誰かと歩けるなら、それも悪くないなあと思えました;
今の時代は目的地へ素晴らしい速さでさっ~とついてしまうご時勢ですものね・・・。
歩くような早さでないと仲間の心も理解は出来ませんよね。
とってもシュールな描写といい、じーんとくるラストといい、私もいい余韻をいただけました。
旅を一緒にした気分ww
投稿: シャーロット | 2007年11月 2日 (金) 15時14分
シャーロットさん こんばんわ
自分で最小限の荷物を背負って,美しい自然の中を歩いて旅をするなんて,
考えてみればとても贅沢なのかも知れませんね。
そりゃ,2ヶ月間,不自由を共にしながら一緒に歩くと
他人でも堅い絆ができますって。
身近な人には言えないような打ち明け話をしてしまったりね。
こんな機会でないと知り合えないような
自分とは別世界の人と親しくなるチャンスでもありますね,旅は。
ところどころ挿入されたシュールな描写も,確かに清涼剤のような役割を果たしていましたね。
投稿: なな | 2007年11月 2日 (金) 19時54分
ななさん、こんばんは。
これ、本当にいい映画でしたよね~。私が今年劇場で観た映画の中で、10本の指に入るぐらい良かったと思ってます。こういう人間の温かさを描いた作品って好きなんですよ。
巡礼の意味が達せられたような感じがするラストでしたね。
投稿: mayumi | 2007年11月 3日 (土) 00時02分
ななさん、こんばんは★
ななさんの記事を読んでいたら、またこの映画が見たくなってしまいました~!
そうですね、旅の良さ、というものがすっごくよく分かる映画でした。
エピソードももりだくさんでしたが、何より少しづつみんなが分かり合っていく姿というのが、たくさんいいエピソードで繋がりあってるんですよね。
この兄弟が、本当に和解できて良かったなあ、って、すっかり彼らを身近に感じました。
お葬式でいがみ合っている家族って、見ていて嫌ですものね。
投稿: とらねこ | 2007年11月 3日 (土) 00時53分
mayumiさん おはようございます。
mayumiさんは,劇場でご覧になったのですね。
あの美しい景色や聖堂が,大スクリーンで観れたなんて羨ましいです。
そうですか,今年のベストテンに入りますか。さすがお目が高い(なんちゃって)
フランスではヒットしたらしいですが,
日本でもこれからも出来るだけ沢山の方に観てもらいたい作品ですね。
あの一行の中で信心深かったのはラムジィくらいで(相手の神は違えども)
途中で登場した神父や修道女の中にも結構いい加減な人や薄情な人もたくさんいたのに
物語が終わってみると,ちゃんと巡礼の目的(魂の癒しとか)が達せられていましたね。
投稿: なな | 2007年11月 3日 (土) 07時01分
とらねこさん おはようございます。
これ,何度でも観たくなる作品ですよ。
一人一人の台詞や行動を,後で確認したくなるんです。
ああ、ここで気持ちが変わってきたのかなーとか、
ああ、ここでこの人たちの間に繋がりができたんだなーとか
気持ちのよい発見を何度でも体験したくなる,程よい癒しの映画だと思います。
あの兄弟が和解できて本当によかったですね。
ひとりひとりは,本当は善人で魅力のある人ばかりでは?と思いました。
投稿: なな | 2007年11月 3日 (土) 07時06分
ちと体を鍛えなくてはいけませんが(^^ゞ
私もこういう旅をしたいなぁ、って思いました。
心身ともにいらないものを脱ぎ捨てて行くような
旅だったですが、時にはこういうことも必要ですよね~・・
そうそう、おっしゃる通り、わざとらしさがなくて良かったです♪
誰一人として敬虔なクリスチャンのいない巡礼の旅でしたが
そこがまたいい方にこの映画には作用してたかな、と思いました。
TBさせていただきましたm(_ _)m
投稿: メル | 2007年12月 3日 (月) 16時09分
メルさん,TBありがとうございます。
邦画以外はどんなジャンルでも観る私。
大好きな殺人鬼ものや,復讐もの(←実は私はどM?)の合間に
このような癒し系を観ると,体内のにごった血液が浄化されていくような気がしますね~。
そうそう,この映画に出てきた聖職者は,みんな変でした。
信者のお祈りカードをボツにするシスターとか
一晩の宿を拒む神父とか。
巡礼だからって,抹香臭い方向に話をもってかなかったところがいいですね。
人の心は人が癒す・・・それもまた真理だと思います。
投稿: なな | 2007年12月 3日 (月) 22時36分
今晩は、この作品はお気に入りです。
TB送信失敗したのでコメントだけ残します。
三人の仲の悪さが絶妙でしたね、巡礼の旅のなか次第に自分を見つめ直す機会が
たびたびありましたね、最後には教会で宿を取ろうとしたときにユダヤ人の
ラムジー君とお友達は泊めないといわれたときのお兄さんの台詞
「俺たちは家族だ!家族は一緒に居なきゃダメなんだ!」という
台詞が素晴らしく胸に残りました。
旅の中での景観も素晴らしく美しかったですね!
投稿: せつら | 2007年12月 8日 (土) 20時47分
せつらさん こんばんは
TBが不調で申し訳ありませぬ。こちらから送らせていただきました。
>三人の仲の悪さが絶妙でしたね。
そうそう,彼らの喧嘩する台詞がすごく面白かった
と言うか,この作品全編にわたって台詞がすごくよかったです。
三人兄弟の中で,旅を通して一番変わったのは
あの長男さんかもしれませんね。
景色も美しかったですね。なだらかな丘陵がどこまでも続くところとか。
・・・どこまでも続く道を歩く方は大変かもしれませんが。
投稿: なな | 2007年12月 8日 (土) 21時34分
TBありがとう。
僕も、とても素敵な作品であったと思います。
ちょっと日本の監督では、こういうようには、撮れないですね。
フランスおそるべし。
投稿: kimion20002000 | 2008年1月24日 (木) 21時39分
kimionさん
ベタでもなく,あっさりもしずぎず
ほどよいさじ加減というか・・・粋ですよね。
台詞とか,脚本も素晴らしいと思いました。
フランス映画って芸術性が違いますね。
投稿: なな | 2008年1月25日 (金) 00時54分