武士の一分
山田洋次監督で,木村拓哉が時代劇に初主演ということで,邦画をめったに観ない私が,いそいそと劇場で鑑賞した作品。演技をする木村拓哉は,「ロングバケーション」の頃から好きだった。・・・しかし,彼が時代劇のそれも大作を,うまく演じられるのかどうか,一抹の不安がなかったと言えば嘘になる。
世は幕末。冒頭の「毒味役」の説明のくだりから,すでに興味シンシン状態。毒味役の存在もさることながら,彼らが大まじめに一列に並んでお役目を粛々と果たしている姿に「この時代って・・・なに?」と思わず絶句。
木村拓哉が演じる三村新之丞は,三十石の平侍で,お役目はこの「毒味役」。決して豊かではないが,美しくしとやかな妻の加代と,彼に忠誠を尽くす木訥な中間の徳平とのつつましい暮らしは,平穏で ささやかな幸せに包まれていた。しかし,毒味をした貝の中毒がもとで 失明の憂き目にあってからというもの,新之丞夫婦は,悲劇のただ中に投げ込まれてしまう。
・・・労災なんかないんだよね?
妻は夫だけを頼りに生きている時代だし。親族たちはいざというときには,まったく頼りにならないし。そんな中でひたむきに彼を愛し,支えてきた妻の加代は,夫を救いたいばかりに,悪番頭の奸計におちてしまう。一度は妻を離縁せざるを得なかった新之丞。しかし,彼は譲れない「武士の一分」を賭けて,妻を汚した番頭に,捨て身の果たし合いを挑むのだった・・・。
と,こうストーリーを書いてみると,かなりベタな話なんだけど,こういう「いかにも」の話には なかなか感動しないひねくれものの私が,不覚にも加代が涙ながらに夫をかき口説くシーンでは胸がいっぱいになってしまった。
何より俳優陣の
健闘ぶりが素晴らしい。
加代役の壇れいさんの しっとりとした声や,身のこなしの隅々からは,かつての日本女性が持っていた,奥ゆかしさや凛とした芯の強さがまるで手に触れるように感じられた。
そして,徳平を演じた 笹野高史さん。この人は,初めてお目にかかるけど,いったい何者?控えめな演技ながら,その圧倒的な存在感に唸ってしまった。あるじに誠心誠意仕える忠義心を持ち,不器用で泣きたくなるほど人情に溢れた人柄の徳平は,笹野さんにしか演じられなかっただろう。・・・・名優である。
そして今回一番気になっていた木村拓哉の新之丞は。・・・始まってすぐのシーンでは,台詞まわしや声音に従来のキムタクっぽさが見え隠れして,「んん・・・?」とか思ったりもしたけれど。
盲目になってからの彼の迫真の演技は鳥肌ものだった。彼の目は本当に光を失っているように感じられたし,その虚ろな目から 痛ましい涙がこぼれる時は,私もまた 加代といっしょに泣きたくなった。
そして山田監督が私たちに届けてくれた極上の日本情緒の数々。現代の文明社会の喧噪にまみれた私たちの耳には,もはや聴くことが叶わなくなった 風の音。虫の声。木々の囁き。三村家のつつましやかな庭の中で 鮮やかに移り変わる四季の美しさ。春の木蓮。 夏の蛍。秋には色づいて散りゆく木の葉。
日本はこんなにも美しい国で,人々はその自然と共に生活してきたのだと,しみじみと嬉しくなった。そして,あの時代の人々の心には,確かに息づいていた 死を賭してまで守るべき信念や,己を無にしてまでも 夫や主に仕える心意気のすがすがしさ。
時代は変わっても,私たちの心の奥底に存在しているに違いない日本人としてのDNAを,程よく そして心地良く刺激してくれた作品だった。
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» 武士の一分・・・・・評価額1650円 [ノラネコの呑んで観るシネマ]
木村拓哉、毒にあたって苦しんでても、高熱にうなされてても・・ええ男やなあ・・・。
私も風邪をひいて、一週間以上体調が最悪。
キムタクじゃないので、もう人前に出ることすら出来ないボロボロの状態だ。
映... [続きを読む]
» mini review 07067「武士の一分」★★★★★☆☆☆☆☆ [サーカスな日々]
カテゴリ
アクション
製作年
2006年
製作国
日本
時間
121分
公開日
2006-12-01〜2007-02-16
監督
山田洋次
ストーリー
毒見役の下級武士、三村新之丞は、美しい妻・加世と中間の徳平と平和な毎日を送っていた。ある日、毒見の後、新之丞は視力を失うほどの病気を負い、武士として役に立たない体になってしまう……。続きを読む
出演
木村拓哉
桃井かおり
坂東三津五郎
小林稔侍
笹野高史
緒形拳
檀れい
赤塚真人
詳細情報
新之丞を... [続きを読む]
ななさん、こんばんわ!
TB&コメントありがとうございました!
うわー!ななさんも拓哉くんお好きだったんですね!?
今度、『ロンバケ』についてもたくさん語り合いたいなあ♪
それにしても・・・この画像、よく見つけましたねえ!!
トップのモノクロ画像なんかは特にステキ・・・この作品の感動を
思い出してグっときちゃいました(照)。
さりげなく、とても素朴でベタな物語ではあるけれど、
ななさんが書かれているように『日本の情緒の数々』がこと細やかに
描写されている作品だったと思います。
そこが山田洋次監督の上手さであり、その空気になじんでしまう拓哉くん
の演技や名脇役たちの存在感はホントに素晴らしかったと思いました。
ちなみに。
来週公開の『HERO』が楽しみで楽しみでたまりません!!
投稿: 睦月 | 2007年9月 1日 (土) 22時38分
睦月さん こんばんわ。 コメントありがとうございます。
拓哉君は,SMAPの中でも特にお気に入りです。私は彼の,二枚目なのにしっかりと地に足のついた生き方や,人柄がすごく好きで,彼の演技も高く評価しています。
「ロンバケ」は,当時殆ど中毒で,彼が弾いた「セナのピアノ」という曲は,自分も頑張って練習してみたのを思い出します。(やさしいバージョンのやつね)山口智子さんや,竹野内豊さんも素敵でした。年上の女性との恋が,とても粋に,そして切なく描かれていましたが,拓哉君のキャラの魅力があってこそ,このドラマはあそこまでヒットしたんだと思います。・・・ああ,懐かしい。当時の感動が蘇りますね。
「武士の一分」の画像は,実はDVDから自分で取って加工したものです。
拓哉君の表情(特に目!)が,あまりに素晴らしいので,自分のお気に入りの場面の画像がどうしても欲しくなったので。特にすきな作品は,こうやって画像を自分で取ります。BBMなんて,スロー再生しながらジャックたちの表情を必死で保存しましたよ。(ほとんど病気)
「HERO」私も劇場で観れたらと思っています。また感想を語り合いたいですね。そのときはどうぞよろしく。
投稿: なな | 2007年9月 1日 (土) 23時37分
こんにちは。
tb&コメどうもでした。
非常に丁寧に作られた良質の日本映画でした。
箱庭的な世界での四季の描写はまことに見事で、密度の濃い映画的な時間が流れていたと思います。
キムタクも良かったですね。
彼には映画をやるなら、常にこのくらいの仕事を期待したくなります。
投稿: ノラネコ | 2007年9月20日 (木) 14時04分
ノラネコさん TBとコメントありがとうございました。
箱庭的とはまさにぴったりの言葉ですね。随所に監督の繊細なこだわりが感じられました。殺陣のシーンも、決して大がかりなものではないのに、物凄い緊迫感が漂う、印象的なシーンになっていました。
木村拓哉の演技力は確かだと確信させてもらえた作品だと思います。
投稿: なな | 2007年9月20日 (木) 15時33分
ななさん、こんばんわ。
コメント&TBありがとうございました。
ななさんの映画のカテゴリーを読んでいたら、同じ映画を観ていて、感想もけっこう似ていたりして、すごくうれしくなって、ストーカーみたいにたんまりTBしてしまいました。
まだまだいっぱいTBしたいのあるんですが、しつこいのでまた後日にします。
「リバティーン」とか「バベル」とか「ミス・ポター」とか・・・
武士の一分は、檀れいさんがとてもステキでした。
投稿: こむぎ | 2007年10月17日 (水) 00時47分
こむぎさん いらっしゃいませ。
わたしも,こむぎさんのお宅を覗いてみて
同じようなことを思っておりました。
映画の好みや感じ方が似ているのは
とても嬉しいですね。
これからも,ますますよろしくお願いします!
いろいろ作品について語り合いたいですね~!
この武士の一分,キムタクもよかったけど,
私は笹野さんや壇れいさんにも唸らされましたよ。
このキャスティングだからこその成功もあるかと思います。
ところで,たくさんTBしてくださったということですが
なぜかこちらに届いてないようです。(???)
もしお手数でなければ再度挑戦していただけると
嬉しいのですが。
承認制にしてあるので,確認後に公開させていただきます。
投稿: なな | 2007年10月17日 (水) 07時46分
TBありがとう。
笹野さんは、いまや邦画には欠かせない、名バイプレーヤーですね。本物は、顔に似合わず(笑)、ダンディなファッションをしています。
投稿: kimion20002000 | 2007年12月15日 (土) 20時05分
kimionさん こんばんは
笹野さん,そんな格好を普段はされているんですか。
きっと似合わないでしょうね~~。
やはり徳平ルックが一番しっくりくるような気がします。
・・・素朴ですもん(←褒め言葉)
投稿: なな | 2007年12月15日 (土) 23時11分
ななさん。遅ればせながらワタシもこれ、お正月休みに観たのでレビューUPしました。ななさんと逆でワタシはキ○タク先生アレルギーがあり、それでずっとスルーしてきたんだけど、観てビックリ。そうなの。最初の平和な日常シーンではいつものキ○タク調で「うわ、やっぱりそれか」と思ったんだけど、災厄で盲目になって以降、いつものキ○タクから飛躍するんですわね。なかなか大したもんですわ。映画としても非常に良かったですね。やはり山田洋次が監督すれば、キ○タク先生もアイドルから本物の俳優になるってことかしらん。しみじみ余韻が残りました。
投稿: kiki | 2008年1月14日 (月) 09時29分
おお,ご覧になりましたか!
そしてkikiさんはキム◎クアレルギーですって?
・・・はは,そういう方も実は多いでしょうね^^
「キム◎タクは,何を演じてもキム◎タクだ」って。
この映画をご覧になって,彼を見直した方もきっと多かったかも。
後半からの彼の演技,特に盲目の演技は,素晴らしかったですわ。
欲を言えば,この作品のときくらい,もーちっと体重を増やして欲しかったかな。
横からみたら,体格薄すぎ・・・。
まぎれもなく現代青年の体つきでしたね,あれは。
投稿: なな | 2008年1月14日 (月) 17時07分