パッション
十字架刑。別名「磔刑」とも言う。世界のいろんな国で,かつて採用(?)されていた処刑法だ。地面に刺した木に十文字に人を縛り付けて刺し殺したり(これは日本にもあったと思う)焼き殺したり。
単なる死刑ではなく,「見せしめ」の意味の強い処刑に使われることが多かったように思う。国家に謀反や一揆を起こした囚人とか。
その中でも,ローマ帝国が異邦人専用に行っていた「十字架刑」の残酷さは,筆舌に尽くせぬすさまじいものであったと聞く。
あまりに残酷なので,ローマの市民権を持つ人間には適用されず,ローマが支配していた外国の犯罪者に対してのみ科せられていた極刑なのである。
十字架刑にかけられた囚人は,エルサレムのゴルゴダの丘まで,群衆の野次やそしりを受けながら,十字架の横木を背負って行かなければならない。処刑現場につくと,両手,両足を釘で打ち付けられて,十字架上に放置される。そして彼らの心臓の鼓動が止まるまで,なんと一日以上かかることもあったのだ。
傷の痛みや出血で死ぬのではない。そんなにひと思いに死ねないところが実は十字架刑の最も残酷な点である。自分の体の重みで肺が圧迫され,呼吸困難に陥るので,囚人は想像を絶する傷の痛みに耐えながら,自分で体を引き上げなければならない。その繰り返しが何時間も延々と続くのだ!最後に,弱り切って,もはや体を自力では引き上げることもできなくなって初めて,ようやく死が訪れる。事情があって囚人の死を早めたい時は,囚人のすねの骨を叩き折る。(映画でも両脇の囚人が,されていた。)そうすると,もう体を引き上げられなくなった囚人はすぐ窒息するからである。
つまり,十字架刑とは,囚人をじわじわと拷問しながら窒息死に追い込む世にもむごたらしい死刑法なのである。
メル・ギブソン監督は,決して大袈裟に描いたのではない。キリストの磔刑とは,まさにあのように残虐きわまるものであり,彼はそれを全く史実に基づいて忠実に再現してみせたのだ。
キリスト教徒になるには,実は難しい教義を理解する必要はなく「自分は罪人で,イエス・キリストがその罪の身代わりになって死んでくださった」ということを信じて受け入れるだけでいい。この点なくしてキリスト教は存在せず,逆に言えば,この点さえ押さえれば救われるとも言える。
だから,イエスの十字架の死(とよみがえり)は,キリスト教の神髄なのだ。メルは一番大切なことを,どうしてもピンポイントで伝えたかったのだろう。
キリスト教の浸透していない日本では,絶対理解されない映画である。それでも、イエスが苦しみの中で「神よ,彼らをおゆるし下さい。何をしているのかわからないのです。」と祈った台詞に強く心を打たれた人は多かっただろう。
追記;受難週が近づくと,教会でDVDを上映したりするが,信者でも「辛すぎて二度と見れない」という人もいます。
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» パッション byスターチャンネル [シャーロットの涙]
映画館では見る機会がなかった。録画しておいて後で見ようと思っても、なかなか見れなかった。…見たら、大画面で見なくて良かったと思った{/face_naki/}
見る前もかなり構えていた。ここまで人の醜い部分を容赦なく描き出し、それを受け止めようとした一人の(ここでは)人間の心の葛藤をごまかすことなく映像化している作品に、打ちひしがれた思いで心が痛かった。ちゃんと目をそむけないで全部見た。見終わって脱力感におそわれてしばらく何も出来なかったけど…
私、クリスチャンではないけど昔隣に住んでいたご一家の... [続きを読む]
パッションは正視できなかったです。
>イエスの十字架の死(とよみがえり)は,キリスト教の神髄
このことがキリスト教信仰の中心的主題なのですね。
復活がなければ単なる残酷物語で終わりますものね。
拷問の道具としか思えない十字架が、信仰のシンボルになっているのは
新しい命の象徴、啓示ということなのかしら・・・
投稿: マーちゃん | 2007年8月27日 (月) 22時59分
はあ,マーちゃん,おっしゃるとおりです。クロスのネックレスなんて,みんなおしゃれに使うけど,あれって,ギロチンや電気椅子を首からかけているのと同じなんですが・・・。でも,信者は「十字架=イエスの身代わりの死」ととらえているので,その感謝の証として十字架を身につけます。
メルも,あの映画を撮ったときは信仰心が高まっていたときらしかったけど,その後スキャンダル起こしましたね。残念。キリスト役のカヴィーゼルさんも信者ですって。でも,この映画,日本では絶対受け入れられないと思ったけど,そこそこ話題にはなりましたね。
投稿: なな | 2007年8月27日 (月) 23時24分
私には、受け入れない、受け入れるというところへ到達する以前の問題でしたよ;ただただ圧倒されちゃって。
これほどまでの描写を見たのは初めてだったかもしれません。
それまでも映画や童話等をとおして残酷な処刑のシーンは知っていたはずなので免疫はあったにしても、言葉を失いました。
昔はどの国でも極刑が多かったようですよね。
クリスチャンの方の言葉は説得力がありますね・・・。
そこで是非見てもらいたい作品があるんですが。
「キング 罪の王~THE KING」ガエル・ガルシア・ベルナル主演
ジェームズ・マーシュ監督作品です。ぜひクリスチャンの人の感想を伺いたいなあと思っていたものでして。
レンタルでてるのかな?いつかご覧になってみてくださいまし。
投稿: シャーロット | 2007年9月11日 (火) 21時35分
シャーロットさん こんばんわ
>これほどまでの描写を見たのは初めてだったかもしれません。
処刑シーンを本当に忠実に再現してくれちゃったんですねー。
聖書のなかの記述通りに脚本書かれてましたよ。
キリストが受けた受難,ひとつも省略してないです。
だから,どのシーンも「ああ、これも書いてあった。これも」と
確認しながら観ましたが,活字で観るのと,映像で観るのとは大違いで
残虐シーンに免疫のない両親が,心臓発作でも起こしたらどうしようかと途中で思ったほどです。
「キング 罪の王」観ました。
テーマはクリスチャンの「偽善」だと思っています。
牧師の父親,彼もまた「罪の王」ですね。
ガエル君の「復讐・近親相姦・殺人」の罪と同じくらい
父親の「冷酷・自己中・偽り」などの罪も,神の目から見たら,同じだとキリスト教では考えます。
それと,「悔い改めたら何でも赦される」という教理を皮肉ってもいますね。
ガエル君って,こんなテーマによく出てますね。「アマロ神父の罪」とか。
・・・私,一応信仰あるんですよ。教会でオルガン弾いてるし。
でも,映画を観るときは,自分の宗教に捕らわれずに客観的に観る主義です。欧米の作品は,キリスト教の思想が根底にあるものも多いので,信者だと理解しやすい場合もあって,そういう時は,ありがたいですね。
投稿: なな | 2007年9月11日 (火) 22時20分
TBありがとう。
この時代の鞭打ち刑というのは、身体を切り裂くようなものですからね。一鞭で失神した人もいたといいます。
あの延々と続く鞭打ちが、一番、きつかったですね。
投稿: kimion20002000 | 2007年12月15日 (土) 20時23分
メルギブさんは どMかしらとふと思ったシーンです。
でも、これも史実には忠実なんですけど,裏返してまた鞭打ったというのは,予想してませんでした。
投稿: なな | 2007年12月15日 (土) 23時19分