プルートで朝食を
前々からレビューを書きたかった,大,大好きな作品。だけど,素晴らしすぎて,かえって考えがまとまらず,なかなか書き始めることができなかった。
この映画って一見,あまーい砂糖菓子のような,ラブリーでキュートな雰囲気満載なのだけどアイルランドが舞台の物語らしく,実はシリアスで,ずしんと重いテーマも描かれていてそれらの相反する要素の混ざり具合が,なんとも絶妙なさじ加減。主人公のキトゥンと一緒に泣いたり,笑ったり,怒ったり,はらはらしたり,切なくなったり,ほのぼのとした幸せを感じたりしながら,観終わった後は,なんとも爽やかで優しい気持ちになれる・・・。そんな映画だった。
キリアン・マーフィ演じた,主人公のキトゥン。どんな逆境や試練にもめげることなく,いつだって飄々と明るく可愛く,前向きに生きていくトランスジェンダーの青年。しかし,彼の生い立ちや,試練の数々をじっくり立ち止まって考えると,決して笑ってやり過ごせるようなものではなく,むしろ過酷とも呼べるような人生なのだ。
生まれ落ちてすぐに母に捨てられ,女装の趣味を養子先の家族から「化け物」とののしられ自分を捨てた母を探す旅に出るキトゥン。自分を愛し,受け入れてくれる相手を常に求めながら愛され、裏切られ,利用され,命を脅かすほどの危険にも巻き込まれる。トランスジェンダーに対する根強い偏見やIRAの紛争による親友の死,テロリストのぬれぎぬを着せられての投獄。
普通ならまいってしまうような人生の旅路なのに,キトゥンの強さと明るさは,いったいどこからくるのだろう。笑顔の下に涙を隠して,流れる水のように柔軟に,運命に逆らうこともなく,風に吹かれる葦のようにしなやかに,嵐の中で倒されてはしても,決して折れることはない。こんな苦難の切り抜け方もあるのなだと思った。
誰を責めることもなく,運命を呪うこともなく,どうしても辛いときは「・・・人生なんて 物語だと思わなければ辛すぎるわ」とそっとつぶやくキトゥン。
母親探しの旅は,自分の居場所を探す旅でもあったのか。ありのままの自分を受け入れ,愛してくれる母を探すことは,彼にとって「愛を探す旅」だったのかもしれない。
キトゥンのもとに勇を鼓して訪ねてきた父が言った台詞。「・・・(お前を)愛していたのに伝えることができなかった」「どうして?とても簡単なことなのに。」震えるキトゥンの声からは,彼がどれほど愛に飢えていたかが伝わってきた。
母の元にはたどり着けなかったけれど,代わりに父を取り戻したキトゥン。人生の荒波を,彼流のやり方でくぐりぬけていくたびに,どんどん洗練され美しくなっていく。周囲の人々にまで光を分け与えながら。
それにしても,キリアン・マーフィの俳優としての実力はただ者ではない。彼のキトゥンとしての仕草,声音,まなざしすべてに,えもいわれぬ魅力が詰まっていた。
後に「麦の穂をゆらす風」のキリアンを観て,またその変幻自在ぶりに舌を巻いた。
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2005年 英・アイルランド ニール・ジョーダン監督
全く予備知識なしにニール・ジョーダンの作品だからというので借りてみて、鑑賞後「で、このキトゥンを演じてるのはなんていうボク?」と確認するまでキリアン・マーフィが主演していることに全く気付かなかったアテクシ。もっとも、これまでに「真珠の耳飾りの少女」の肉屋の小僧さんでしか見たことがなかったので、その程度ではこの変貌ぶりでは彼だとは気付けない。いやいやいや。恐れ入りました。
それにしても、全くUKは人材の宝庫である。もうじき四十郎の面々から、... [続きを読む]
こちらにもお邪魔します。
この映画は先日初めてWOWOWで鑑賞しましたが、とても良かったです。
キトゥンの愛らしさに胸がほっこりしました~
キリアンは只者ではありませんね(笑)
色んな役をこなせる魅力的な俳優さんだと思います。
残念がら『麦の穂~』は未見なので観てみたいです。
投稿: 由香 | 2007年8月29日 (水) 11時15分
由香さん
私もこれは劇場ではなく,DVDになってから鑑賞しましたが,不思議な後味のよさといったら,他に例をみませんね。キトゥンの魅力は,到底語り尽くせません。そしてキリアンの魅力もまたしかり。
「麦の穂」ぜひご覧下さいませ。ただしかなり痛い映画なので,私はまだ2度目を観る勇気がありませんが・・・。キリアンがキトゥンを演じた時の,ちょっとハスキーな可愛い声に慣れていたので,「麦の穂」で,キリアン本来の男らしい低い声にびっくり。走り方も,キトゥンの時は両手をバタバタさせてコミカルに走っていたのに,「麦の穂」ではちゃんと男らしく疾走していました。彼の演技は天才の域に入りますね。
「プルート」で,トランスジェンダーを演じるために,どのような役作りをしたのか,またメイク風景なども見てみたいと思いましたね。
投稿: なな | 2007年8月29日 (水) 20時42分
こんにちは!
去年は結構ジェンダーさんモノに惹かれて(笑)
「トランスアメリカ」「キンキー・ブーツ」「プルート~」がお気に入りです(^^)/
美しいキリアンとちょっぴり切ない苦さの中に、彼(彼女)のこれからの人生の光りを感じました。
私は音楽もとっても懐かしかったです♪
最近、WOWOWで放送してますね。
録画保存しました(笑)
投稿: オリーブリー | 2007年9月 3日 (月) 16時31分
オリーブリーさん こちらにもコメントありがとうございます。
「トランスアメリカ」もすばらしかったですね。あの主演女優さんの
役者根性に脱帽しました。
「キンキーブーツ」も,お気に入りの作品です。
「プルート~」は,音楽の使い方もパーフェクトでしたね。
私は当時の音楽はあまり詳しくなかったのですが,冒頭の
「シュガー・ベイビー・ラブ」が一番好きです。
とてもうきうきした前向きな気分になれますね。キトゥンの世界そのものです。
投稿: なな | 2007年9月 4日 (火) 10時11分
これ、つい最近観たのだけど、(キリアン・マーフィーが主演だってことも確かめないで観てて、アテクシったらほんとに間抜けなり)アイルランド問題と、トランスジェンダーというのはニール・ジョーダン不変のテーマで、「クライング・ゲーム」がより進化した感じの作品でしたね。観てすぐにサクっとレビューが書ける作品じゃないので、アテクシも暫く寝かしそうだけど、キリアン・マーフィーって凄いのねん。「真珠の耳飾~」でしか観たことなかったので、今後、彼の作品も要チェックですわね。
あ、ところで、久々に別館の王国、更新しましたので、おついでの折に覗いてみてくださいまし。にょほ!
投稿: kiki | 2007年10月 7日 (日) 21時37分
kikiさん こんばんわ
おお,ステキング再開!待ってましたわ。
実はさっきお伺いして,記事は読ませて頂いたのだけど,
読者が殺到していたのか,なかなか開かなかったりして,
こういう時はコメントお送りしても,反映されない時があるので,
また真夜中くらいにおじゃましますね。
久しぶりにジェイキーも登場しておりましたね。うふふ。
ところでこの「プルート」ですが,たしかに
「クライング・ゲーム」を思い出しますね。
あれは「衝撃!」って感じで心に残っていますが,
こちらはもっと凝っていて,粋で愛らしい作品のような気が。
でも,テーマは実は重いので,私もなかなか感想がまとまらなかったですわ。
キリちゃん,凄い俳優さんでしょ。
私が知ってる若手のうちで,変幻自在という点ではもしかしたらトップの演技力を持つ俳優さんかも。
私はわざわざ「真珠」と「プルート」を交互に再生して,
彼の声をね,聞き比べましたよ。だって,全然違うんだもん。
「麦の穂をゆらす風」もいいですよ。今度記事をアップします。
投稿: なな | 2007年10月 7日 (日) 22時24分
ななさん。なんだかポップなノリの映画に感じられたので、そのようなレビューになったけれど、UPしたのでTBさせていただきまするね。うふふ。
投稿: kiki | 2007年10月13日 (土) 06時22分
kikiさん TBをありがとうございます。
ポップなノリの記事,楽しく拝見させていただきましてよ。
重いテーマのこの物語を,本当に軽やかに,爽やかに,
どのシーンも過不足なくまとめた点では,ニール・ジョーダン監督の中でも
最高傑作と呼ばれるのにふさわしいと思いますわ。
キリちゃん,今度はどんな作品に出るのかしら。
ダニー・ボイル監督の「サンシャイン~」も見たけど,あれはストーリーがイマイチに私には思えました。でもキリちゃんの演技はさすがだったわ。
投稿: なな | 2007年10月13日 (土) 09時27分