バベル
始まってすぐ,先の全く読めない展開に,息を詰めて画面を見続けた。ラストまでずっと。物語は,モロッコ,メキシコ,日本と,交互に切り替わる。その中で,登場する人物たちが,皆,それぞれに,問題や悲しみを抱えていて,「今に何か悪いことがおこる」という予感がして目が離せない。
旧約聖書に登場するバベルの塔は,もともと人間たちが「神よりも偉いことの証明として」天にも届けとばかりに,作り始めたものだ。しかし,神は人間の傲慢さを懲らしめるために,彼らの言葉を混乱させ,作業中止に追い込んだ。互いにコミュニケーションが取れなくなった人間たちは,世界の各地に散っていった。つまり,バベルという言葉の持つ意味は,「意思の疎通」の他にも「人間の傲慢さ」や「愚かさ」もあるのだと思う。
銃の腕比べから意地をはり,バスを狙撃するという暴挙に出てしまったモロッコの兄弟。息子の婚礼に出席したいばかりに,預かっていた子供を異国まで連れていったアメリア。彼らは悪人ではなく,ごくふつうの善良な人たちに違いないのに,ほんのちょっとした愚かさが,兄の死や,祖国への強制送還という,悲惨な結果を招くことになる。
意思の疎通というのも,時には人を痛めつける凶器になる。アメリカ人の妻を演じたケイト と,夫を演じたブラピに襲いかかった災難は,言葉も通じない異国での出来事だったゆえ,何十倍も耐え難く感じられたに違いない。日本での物語に登場した,聴覚障害を持つチエコの悲しみは,母を喪ってから,孤独を誰にも伝えることができなかったからだろう。
三つの物語のつながりには,多少無理も感じたけれど,人間の弱さや,愚かさが哀しいくらい深く描かれていたように感じた。そして,それだからこそ,人は互いに心を通わさなければいけないというメッセージをも感じた。たとえ同じ言葉が使えなくても,心が通じ合うこともある。そして,伝え続ける努力をしなければ,何も始まらないのだろう。
最後にひとこと。日本の描写,特に聴覚障害をもった若者たちの描写は,やはり行き過ぎに感じた。それだけが,残念。
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ななさん、こちらにも^^
私も日本のパートだけが、ちょっと残念でした。
ななさんは、ブロークバックマウンテンが、格別に思い入れが
ある映画の様ですね☆
このバベルと、ブロークバック・・とは、両方とも同じ方が、
音楽担当されていて、私のお気に入りなんです♪
また、今後もおじゃまさせて下さいね☆
投稿: latifa | 2007年9月 7日 (金) 22時03分
latifaさん こちらにもコメントとTBをありがとうございます。
そうそう,音楽はグスターホ・サンタオラヤですね!私も,劇場で観ている間,なぜかデジャヴのような懐かしいものを感じていたのですが,パンフで,音楽が彼だったことを知り,納得!です。21グラムといい,彼の音楽からは独特の,無常観のようなものを感じます。
菊池さんの演技は,高く評価されてよいと思いますが,私は障害のある方に接する仕事をしているので,日本の聴覚障害のある若者たちは,決してあんな風に,繁華街でたむろしたりはしてないと思って観てしまいました。
投稿: なな | 2007年9月 7日 (金) 22時25分
おっしゃる通り、人は互いに心を通わせなくては行けない・・・ってことが全編を通じて描かれましたね。
でも、そういう題材を扱った映画って多々あるし
さほど目新しさを感じませんでしたよね(^^ゞ
手法はまぁ新しい(?)といえば新しかったと思いましたが。
一番すんなり入ってきたのはモロッコの少年たちと、モロッコの人たちだったでしょうか。
日本のお話は、ありえないんじゃ・・・と思うことが多かったです(^^;;)
TBさせていただきましたm(_ _)m
投稿: メル | 2007年11月11日 (日) 08時21分
メルさん ご覧になりましたか。
この作品は賛否両論で,ヤフーなどのレビューも酷評が多かったような気がします。私は,映画としてはよく工夫をして作られていると思いましたし,訴える内容はいいのだけど,ストーリー(特に日本)が共感できないところもあって,実はそんなに好きな作品ではありません。
>日本のお話は、ありえないんじゃ・・・と思うことが多かったです(^^;;)
そうそう,ありえませんよね。モロッコも,私たち外国人が見たら,「ああ,そーなのね」って観れるシーンも,モロッコの方が観たら,「ありえん」とおっしゃるかも。外国を舞台に撮るのはよほど神経を使わないと。時代考証の間違いくらいなら大目に見てもらえても,モラルや習慣などは,間違えると失礼になりますよね。
投稿: なな | 2007年11月11日 (日) 09時16分
TBありがとう。
「不運」というのは、ちょっとした足元に罠を仕掛けて待っているものなんですね。誰も、避けることは出来ないかもしれません。「幸運」もまた、同じようなものかもしれませんが。
投稿: kimion20002000 | 2007年12月15日 (土) 20時10分
kimionさん
頑張って生きていっても,落とし穴にはまることもあるんだと
少しやりきれない気持ちにもなる物語です。
結局人生は,目に見えない摂理に操られているものかもしれませんね。ああ・・・。
投稿: なな | 2007年12月15日 (土) 23時16分