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2007年8月23日 (木)

ブエノスアイレス

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トニー・レオンとレスリー・チャンが,祖国香港のちょうど裏側の,南米の街ブエノスアイレスで紡ぐ愛と喪失の物語。と書くと聞こえはいいが,ひとことで言うと,これはゲイのカップルの痴話喧嘩と腐れ縁のお話。(と書くと,これまた恐ろしくミもフタもないが・・・。)

しかし,公開当時,多くの人を衝撃とともに圧倒的に魅了し,カンヌ映画祭でも「最も愛され,最も熱狂を集めた」映画として,ウォン・カーウァイは最優秀監督賞を受賞した。そして私も,この映画の持つ不思議な魅力に,なぜか取り憑かれてしまった一人である。

クリストファー・ドイルの,まるで異次元世界のような,めくるめく映像マジック。ピアソラやザッパの異国情緒あふれる情熱的な音楽。そして トニーとレスリーの持つ,はかり知れない魅力。

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主人公の青年ファイ(トニー)は,口数すくなく,誠実な男性。恋人のウィンと暮らすためには,親元からお金を持ち出しさえしたのに,自由奔放でわがままなウィンに,いつも振り回されている損な役まわりだ。

トニー・レオンは本当にどの映画でも,輝きを放つ俳優さんだけど,ウォン・カーウァイ監督の作品の彼は,切なくなるくらいセクシーだ。彼ほど,可哀想な役が似合う俳優はいない。眉間に皺をよせた困惑顔や,苦渋にみちた表情が なぜかとても様になる。
Cap001
対する恋人役のウィン(レスリー)
猫のようにしなやかな身ごなし。駄々っ子のような我が儘と,倦怠感ただようエロス。それらは抗いがたい魅力となって,ファイを惹きつける。身勝手で好き放題のことをしても,傷つき,疲れ果てた時は必ずファイのもとへ帰ってくるウィン。過去の裏切りやいさかいは,すべてウィンの「やり直そう」という一言でチャラにされる。

同じ事の繰り返しとわかってはいても,ファイはいつしかウィンのペースにまきこまれ,かいがいしくウィンの世話を焼き,彼を独占できる喜びをひそかに噛みしめてしまう。


この映画のレスリー・チャンの美しいこと。はかなくて,もろくて,繊細で,危うくて。そして,その中にかすかに混じる酷薄さや,メランコリーな雰囲気

Cap011
この役は,レスリーが演じたからこそ,あれほどのオーラを放つことができたと思う。どんなに振り回されても,傷つけられても,愛さずにはいられない魅力的なキャラを,レスリーは,まるで素のままで演じているように見えた。

そして,限りない包容力と保護欲に溢れたファイ。再びウィンが自分のもとに帰ってきてくれてからは,それまでのモノクロ映像が,まるでファイの心を現しているかのように,にわかに暖かく色づいてくる。・・・だけど。

一緒にいるときも 絶えずウィンの心変わりを恐れ,「また出て行ってしまうのではないか」と危惧するファイ。相手を独占できずに苛立つファイと 束縛を何よりも嫌う奔放なウィンは結局 いつものような口論と激しい諍いへとたどり着く。

「出て行け」「出て行くさ」・・・その繰り返し。愛し合っているのに傷つけ合わずにはおれない恋人同士。
Lesliebuenos4
・・・別に二人をゲイに設定する必要は,あまり感じないけど,この映画の魅力は,この二人が醸し出すケミストリーに負うところも大きいから,やはりトニーとレスリーのカップルでなくてはいけなかったのだろう。

ピアソラの哀切で情熱的なタンゴの調べ。
二人が抱き合ってしなやかに踊るシーンが瞼に焼き付いている。「ブエノスアイレス摂氏零度」の中に,タンゴの練習風景が収録されていたが,慣れないダンスを習得するのに,やや必死な感のあるトニーに比べて,レスリーは練習の時も余裕たっぷりに,トニーをリードしていた。そのすっと伸びた背筋の美しさと艶めかしさに息を飲んだ。

Mainpct
そして物語は進んでゆくのだが,常に満たされることのない渇きを抱えて,出会いと別れを繰り返すたびに,彼らは至福と痛みをかわるがわる味わうことになる。

どちらが先に見切りをつけるか・・・。


やはり,そうしなければいけないのは,ファイの方だった。どんなに愛していても このままでは自分の心が,いつかずたずたにされてしまう・・・。心のどこかではわかっていたのだ。ただ,目を背けて,見ないようにしてきただけ・・・。

最後にようやくファイはウィンと別れる決心をつけて,一人故郷へと向かう。アパートの部屋に一人残されたウィンが かつては「束縛の証」として,諍いのもとになった大量の煙草のパッケージをファイがやってくれたように 並べるシーンがいじらしい。毛布を顔に押し当てファイを思って全身で切なく慟哭する姿は,あまりにも哀しい。たとえ自業自得とわかっていても。

どんなに愚かしいものだろうと,不毛なものだろうと,
やはり愛は愛なのだ。

愛がそこに存在する限り,人は支配され,引きずられるものなのだろう。ラストにウィンがむせび泣く姿は,その数年後に自ら命を絶った 俳優レスリーの哀しみと,どうしても重なって見えてしまう。
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混沌としたブエノスアイレスの けだるい夜の街を,レスリーが今も恋人を待ちながら 独りぼっちでさまよっている。・・・・そんな気がしてならない時がある。

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映画 は行」カテゴリの記事

コメント

トニーとレスリーが美しいですね。
大柄な欧米人のゲイカップルとは、趣を異にしていますね。
ファイとウィンの関係は、映画の始めから成立していたのですか?
BBMやマイ・プライベート・アイダホは
相手に気持ちが惹かれていくプロセスも描かれてたでしょ。
「ブエノスアイレス」のふたりが、当初から結びついていたとするならば
人情の機微をより深く掘り下げた作品ということになりますね。
同性同士の恋愛は、異性間恋愛に比べ
関係を続ける期間が長いように思われます。やっと、出逢えたソウル・メイト。
決して失いたくないという想いが強いからかもしれませんね。
だから、腐れ縁だったとしても、なかなか関係を断ち切れないのかな・・・・


最初から関係が成立していましたね。だって・・・。冒頭から二人のベットシーンですよ。いきなり目が点になりました。
トニーはゲイの役だと知らされずにロケ地に連れて行かれて撮影終了まで何ヶ月か缶詰状態ですからね。彼の辛そうな顔は実はそのせいかも?
カーウォイ監督の撮り方は,役者にその日の分だけ台本を渡して行き当たりばったりに進めていくし,ストーリーも何パターンも撮影する(トニーが自殺するバージョンまで作ってます)ので,役者泣かせですって。彼の作品によく出演しているトニーは慣れているれど,レスリーの方はさすが切れたこともあったとか。

>腐れ縁だったとしても、なかなか関係を断ち切れないのかな・・・・
 そうそう,男女の腐れ縁にはない,切実などろどろしたものを感じて,またそれがこの作品の魅力でした。「関係」する相手はいくらでも見つかるけど,「愛し合える」相手と巡り会える機会は彼らにとっては貴重なんでしょうね。

不思議な映画ですよね

偏見(になるのかな?)の目のフィルターを通してみれば
所謂ゲイカップル映画ってもっとウェットなイメージがあるのですが
このブエノスアイレスは乾いてる…
いや、乾いてるワケじゃないけど少なくともウェットさは感じません。
スタイリッシュな映像のせいもあるのでしょうが
雑多なアルゼンチンの街並とタンゴ調の音楽と、なにより主役二人のキャラクターが混ざり合って化学反応を起こしてこの映画が出来上がったんだろうな~と思うワケです。
それはそれは素敵なCHEMISTRYですよ☆

私も久しぶりにDVDで見ましたがこの頃のレスリー・チャンは泣きたい程綺麗でした。
男性でありながら麗人という言葉が似合うのはこの人しかいないでしょう(合掌)

LOTUSさん いらっしゃいませ
この映画はほんとに傑作なのに,レンタルショップにDVDを置いていないところが多いせいか,若い世代はあまり知らないかも?と思うと,とても残念です。(私ゃ若くない)
トニーとレスリー・・・。今思うと夢のような組み合わせですよね。いろんな作品に出て,今も観客から愛され続けているトニーと,誰にも言えない思いを抱いてこの世を去ったレスリー。彼が存命なら,どんなに素敵なダンディな俳優さんになっていたことかと思うと・・・。
実生活でもゲイだったレスリーを初めて観た映画が「覇王別姫」だったので,レスリーが女性を愛する映画より,男性を愛する映画の方が好きですし,その方がずっと彼らしく,傑作になっていると思います。実生活でも,努力家で,いい人だったレスリー。きっと人に言えない哀しみもたくさんあったと思いますね。
 また遊びにおいでくださいね。ふふ・・・。

なかなかシンドイ撮影だったらしいですが、王家衛作品としてはまとまっていて、良かったですよね。花様年華以後の王家衛作品は、ワタシはもう実質的に終わっていると思うのですが、この頃はとても良かったですわ。関係が膠着してどこにも行けない腐れ縁の二人の、グダグダな感じがしみ出てました。トニー、本当に情けなさが色っぽいのはこの人ぐらいなもんでしょうね。魔性で人を振りまわす役は、「欲望の翼」の時からレスリーのハマリ役。これで極めたという感じもありましたね。

kikiさん ほんと,おっしゃるとおり!
私も,花様年華は大好きなんですが,2046からはあまり・・・。このブエノス~も行き当たりばったりのまぐれ当たりみたいな作品であるかも。でも,監督の感性と,トニーとレスリーの二人のオーラが,やはりこの作品を傑作にまでしたのでしょうね。
トニーも大好きな俳優さんです。個人的に顔立ちとかもすごく好き。ジェイクちゃんとは,タイプが違いますけど・・・。

ななさま、拙記事にコメントとTBをありがとうございました。
昨日はレスリーの命日でしたので、画像だけアップしました(昨年もそうしました)。
この映画を観て、レスリー・チャンという稀有な俳優のことを偲ばれる方もたくさんいらっしゃると思います。
いつか記事にできたらまたお邪魔させて下さいね。

それから記事冒頭、ふたりの故郷は「香港」だと思います・・・。
ではでは、また来ますね。

真紅さま こんばんは
レスリーの命日だったのですか・・・・
知らなかったわ。(一応ファンだけど
真紅さまもレスリーがお好きなのですね。
彼の死は今思っても哀しいものですが,あんな素晴らしい魅力をもったひとを
永遠に忘れるなんてこと,できませんよね。
レスリーの作品は,これと,やはり覇王別姫が好きですね。

>ふたりの故郷は「香港」だと思います・・・。
ああ,そうでした!故郷が台湾なのはチャンでした
直しときますね(今頃・・・)教えてくださってありがとうございました。
真紅さまが記事をお書きになったら,TB待ってますね。
反映されますように~(祈)


ななさん、TBありがとうございました。
この作品を大きなスクリーンで再び観ることができるとは思っていなかったのですが、10年ぶりに観てもやはり色あせない作品でした。
自分がいるブエノスアイレスの真裏の香港の風景を逆さまに映した映像が
印象的でした。
不毛な痴話ゲンカの物語でありながらどこか心地よいのは何故でしょう。

sabunoriさん こんばんは
劇場でこれを観るなんて,なんて贅沢なんでしょう~
うらやましいです!
>不毛な痴話ゲンカの物語でありながらどこか心地よいのは何故でしょう。
ほんと,切ないけど後味は悪くないですよね・・・
やはりトニーやレスリーの二人が醸し出すケミストリーのせいでしょうか。
それとも,エキゾチックで奔放なブエノスアイレスの空気のせい?
・・・音楽もどれもとてもよかったですね。

ななさん、こんばんは!
「裏街の聖者」と一緒にレンタルして7,8年ぶりにまた観てみました。昔観た時は、話題作だったにも関わらず、私的にはあっさりスルーしてしまった映画でした^^; しかし、しかし、
聖者のトニーに恋してしまったせいか、ファイに思いっきり感情移入して観てしまいました。こんな切ない役が色っぽいですねェ。レスリーも勿論、退廃的な色気が抜群でしたよね^^ 二人でタンゴを踊るシーンが印象的で素敵です*^^*
同じ映画でも時を越えてまた観ると、違った感情で捉えることができて、面白いです。よかった~、また観れて^^。
そして今回わかったこと! 唯一北京語を話してたあの若者はなんと、あの孫権こと、チャン・チェンじゃありませんか@@ 昔観た時はこの方のことは知らなかったですもん。なんか得した感じです(笑)
最後に"Happy Together”の曲が流れる頃には、素敵な映画だったなぁと素直に思いました。

ちーさん こんばんは

これはマイベストシネマの一つですねぇ。
一度観ただけではその魅力を味わいつくせないような,スルメのような作品です。トニーとレスリーですもんね~,もうそれだけで何にも要りません!
音楽も特に好きなんですよ。イグアスの滝のシーンに流れる歌とか,ピアソラのタンゴとか。カーウァイ監督の音楽のセンスはいつも唸るのですがこれは特に。

他人の情事の愚痴や顛末を延々と見せられてるようなお話なんですけど,小悪魔的なレスリーも,振り回されるトニーも魅力的で。レスリーの猫みたいな動きとトニーの困惑顔がツボです。

そうそう,あの厨房の青年はチャン・チャンなんですよね~。このころはなんか爽やかで。まなざしがセクシーになるのはもっと後の彼ですが,「こんなところにチャン・チェンが!」と思うとお得感がありますね。思いがけなくて。

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